サードウェイブコーヒー

 最近(といってももう何年も経ちますが)、こだわりのコーヒー店のようなものが増えています。
 特にコーヒーマニアでもない人がそういう店を見ても、「今までの喫茶店と何が違うんだろ? お洒落なだけ?」なんて思うだけかも知れません。

 その背景には「サードウェイブ」(3rd wave)というコーヒー界の流行があるのです。

 3rdというからには、1st、2ndもあるのか? というと、もちろんあります。
 これは、アメリカにおけるコーヒー業界の大きな流行りの転換点を「波」(wave)に喩えて呼んでいます。

 コーヒーは元々、高級品でした。
 南米での栽培が始まると値段も下がってある程度大衆化はしましたが、1929年のウォール街での株価大暴落にはじまる世界大恐慌によって、コーヒーはますます気軽に飲めないものになってしまいます。

 そこでアメリカでは、焙煎を浅くし、大量生産することで原価を抑えた安いコーヒー製造をするようになります。
 アメリカ得意の合理化と大量生産ですね。
 
焙煎を浅くすれば、コーヒーの風味は軽くなりますが、豆の重量が減らないので、コストが下がるというわけです。

 そうして作られた、安価で軽めのコーヒーがアメリカ全土に普及しました。
 これが、アメリカでのコーヒーの最初の流行、1stウェイブです。
 
大雑把に言うと、コーヒーが一般大衆に普及した波です。
 ちなみに、日本で薄目のコーヒーを「アメリカン」というのは、こうしたアメリカ特有の製造法に由来します。

 そして1980年頃のシアトルで、エスプレッソをバールスタイルの店で飲むことが流行します。
 その流行に火をつけたのが、スターバックスコーヒーです。

 スターバックスは元々コーヒー豆を焙煎して売る店でしたが、それを今のようなコーヒースタンドにすることを考えたのが、1982年にスターバックスに入社したハワード・シュルツさんです。
 当時のアメリカでは、イタリアのファッションや料理がブームになっていました。アルマーニが世界的に注目され、ハリウッドスターに服を作るようになったのもこの時期。
 日本でもその頃、同じようにイタリアブームの影響を受けて、オーバーサイズのスーツやパスタ料理がブームになっていました。

 そうしたイタリアンブームを背景に、いわゆる旧来のカフェスタイルではなく、イタリアのバールスタイル(立ち飲み)でエスプレッソを飲む、というスタイルをシュルツさんが企画し、店を作ったところ、大ヒットしたというわけです。

 エスプレッソの豆は、従前のアメリカのコーヒーとは真逆の、深煎りで風味の強い豆。
 エスプレッソは蒸気で急速抽出するので、その風味の強さの割にしつこさはありませんが、クセが強いので好みは分かれます。
 ですが、それにフォームドミルクを乗せることで口当たりを和らげたラテが大受けし、アメリカ全土に広まって大流行しました。

 この、シアトルを発祥とする、俗に「シアトル系」と呼ばれるスタイルが、2ndウェイブです。

 そして次の3rdウェイブは、ハンドドリップで丁寧に一杯一杯コーヒーを入れるという、1stとも2ndウェイブとは全く別のスタイルです。
 二十一世紀に入った頃からサンフランシスコで生まれたスタイルと言われています。
 その代表的存在が、日本にも上陸している「ブルーボトル」です。

 端的に言うと、豆から焙煎から淹れ方まで、一杯一杯をこだわりぬいて淹れたコーヒー、とでもいうべきでしょうか。
 
3rdウェイブコーヒーのスタイルは、コーヒーマシンやエスプレッソマシーンのような機械を使わず、ハンドドリップ(手作業)して淹れるのが基本です。

 ただ、それだけだど、昔ながらのこだわりマスターの喫茶店と何が違うのか? と思われるでしょう。
 確かに類似点は多くありますが、そこはあくまでアメリカにおける潮流だから、というのもありますが、一番の違いは
、豆へのこだわり方だと思います。

 3rdウェイブコーヒーは、「シングルオリジン」を基本とします。
 シングルオリジンとは、単一の豆だけを使い、ブレンドしないということです。
 それも「ブラジル」「コロンビア」といった、ざっくりした産地ではなく、「○○農園の○○さんの豆」などと、ワインのように作り手まで指定してこだわった豆を使うところが、これまでとの大きな違いです。

 そこまでこだわるのは、理由があります。

 旧来のコーヒーの考え方としては、コーヒーはブレンドしなければ美味しくならない、と言われていました。
 単一の豆だけで完成した味を出せるのは、ブルーマウンテンかハワイのコナくらいで、それ以外の豆では、単一だと苦みが強かったり、酸味が立ちすぎたりと、クセが出てしまうので、ブレンドすることでバランス良いコーヒーを生み出していたのです。
 だからむしろ、どういう豆をブレンドをするのかという、ブレンダ―の腕の見せ所で、そういう店では、マスター自慢のブレンド、というのが看板にあったものです。

 ですが、3rdウェイブではその概念を覆し、むしろ単一の豆を使うことで、その豆本来の風味を楽しもう、というものです。
 だからむしろ、ブレンドは不要なくらいです。

 といっても、そんじょそこらの豆では、まったく美味しくなりません。
 あくまでも、高品質で、それに適した焙煎をした豆に限ります。
 
コロンビアのどこどこ農園の誰さんの豆のコーヒー、キリマンジャロのどこどこ農園の誰さんの豆のコーヒー、を楽しむわけです。

 だからこそ作り手にまでこだわるのであり、そうすることで、それまでは単一では不味いと思われていたグアテマラのような豆単一でも、十分美味しく飲めることと、その楽しみ方を広めたのが3rdウェイブです。

 個人的に3rdウェイブコーヒーの特徴は、すごく爽やかな後味にあると思っています。
 コーヒーって、砂糖やミルクを入れなくても意外と重たく、しつこいような後味が残ることが多いのですが、3rdウェイブコーヒーだと、すっきりとしていて、不思議と後味が残らないように思います。

 とまあ、1stから3rdまでのコーヒーの流行を簡単に説明したわけですが、こんな背景を考えながらコーヒーを飲むと、美味しさ、楽しさも増すってものではないでしょうか。
 

 
 


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