美味しいステーキは赤味か霜降りか

 ごちそう料理の代表的存在・ビーフステーキ。
 日本で高級な牛肉と言えば、松阪牛や神戸牛などがありますが、日本の高級牛肉はほとんど、脂身が肉全体に網のように入り込んだ霜降りです。一方、アメリカやオーストラリアの牛肉は、和牛に比べると赤味が中心です。

 高級な牛肉は霜降りとなると、当然「霜降りのほうが美味しい肉」と考えるところですが、どっこい、美味しい牛肉の話になるとよく、「霜降りをありがたがるのは日本人だけで、西洋人は赤味の肉を好む」という説が存在し、ネットで調べても、そうした論調の記事がいくつもヒットし、「グルメ」や「通」を気取る人ほど、そういう傾向にあるように思います。

 でも、実はこれって、1980年代に大流行した某グルメ漫画で書かれてから広まった説で、実際には欧米でも霜降り肉、つまり脂ののった牛肉のほうが高い評価を受けています。

●アメリカの肉の等級

 ビーフステーキ大好きな国と言えばアメリカですが、アメリカの牛肉には、「プライム」「チョイス」「セレクト」と言った、米国農務省が定めた品質の格付けがあり、その格付けの判断基準として最も重視されるのは、マーブリング(脂肪交雑)の度合い、つまり日本で言う「霜降り」度合です。

 脂肪交雑が豊かなほど格付けが上で、もちろん値段も高く、脂肪の少ない赤味の肉は、格付けが低く安い肉になります。

 つまり、ステーキの本場・アメリカでも、脂ののった牛肉のほうが、上質な肉として扱われているということです。

 にもかかわらず、アメリカ人は「赤味肉のほうを好んで食べる」という説が広まり、またそれを信じる人がここまで増えたのは、某グルメ漫画の影響に加え、何よりもまず、アメリカでは牛肉が主食であるからでしょう。

 日本で牛肉料理と言えばやや贅沢料理の部類に入ると思いますが、アメリカ人にとって牛肉料理は、贅沢料理ではなく日常食です。一般大衆の日常食となれば、そうした牛肉のほとんどは、当然リーズナブルな牛肉、つまり「赤味の肉」になります。

 そのため、日本人がアメリカに行って、街の食堂で大衆的な牛肉料理を食べたり、スーパーで一般的な牛肉を買ったり、アメリカの家庭料理の牛肉を食べると、そのほとんどは赤味の牛肉なので、「アメリカ人は赤味を好んで食べる」というように錯覚してしまい、ともすると「硬い肉が好き」と思われてしまったりするのでしょう。

 しかし、アメリカでもハイクラスなレストランやステーキハウスに行くと、当然プライムグレードの牛肉が使用されるし、最も高価な部位となると、やはり柔らかいヒレステーキです。

 また、某グルメ漫画の作者が「外国では赤味の肉を好む」と思い込んでしまったのは、この作者は、オーストラリア好きで、しかも移住してしまうほどだったからでしょう。

 この作者がオーストラリアに移住したのは1990年頃ですが、当時のオーストラリアの牛肉は、アメリカよりも脂身の少ない赤味肉で、しかも硬い肉が主流でした。

 これは、アメリカとオーストラリアでは、牛の育て方に違いがあるからです。

 アメリカでは穀物飼料を中心に牛を育てますが、当時のオーストラリアでは、牛に穀物飼料は一切与えず、草の飼料のみで育てていました。

 牛でも豚でも、穀物で飼育した方が脂がのり、味も良くなり、特に脂身の香りが各段に良くなります。
 牧草だけで飼育した牛は、ほとんど赤味の肉になり、当時のオージービーフは、脂身が少なくて硬く、独特の青臭さがあるため、好き嫌いが分かれる肉でした。

 その頃のオーストラリアに住んでいたら、そりゃあ、外国人は赤味の肉を食べ、霜降り肉なんて食べない、と思うことでしょう。

 しかし、2003年にアメリカの牛肉でBSE問題が発生してから、オーストラリア産の牛肉の需要が世界的に高まり、そこからオーストラリアでも牛の穀物飼育が本格化し、今ではアメリカと同等レベルのマーブリングの牛肉も育てられています。

●世界に誇る日本の牛肉

 ただ、霜降り肉と言っても、日本の霜降り度合いは、欧米の霜降り肉と比較して段違いに脂肪交雑が多いです。
 そういう点では、確かに日本の霜降り肉はやや特殊です。

 和牛に代表される日本の霜降り牛は、欧米でも非常に高い評価を受け、「コウベビーフ」などは欧米のグルメの間でも良く知られるブランドで、高級レストランでも取り扱いが増えています。

 特に日本のブランド牛が優れているのは「香り」で、良質な飼料で丁寧に育てられた日本のブランド牛の脂身には、特有の素晴らしい芳香があり、これが美味しさの最大のポイントになっています。
 よくハンバーグなどに和牛の脂身を混ぜたりするのは、そのためです。

 日本のブランド牛の霜降り度合が突出しているのは、非常に手間をかけて育てているからですが、日本でそうした育て方をするようになったのは、おそらく日本と欧米では食事のスタイルが全く異なるからでしょう。

 よく、日本人は刺身でもトロを好むように、「脂好きな人種だから」という人がいますが、それは必ずしも正しくありません。

 「脂好き」となると、むしろ日本人よりも圧倒的に西洋人の方でしょう。

 食文化の歴史で見れば、日本ではそもそも肉を食べなかったので、伝統的な日本料理では、基本的に油脂自体をほとんど使いません。

 味付けの基本スタイルも、醤油や出汁を基本とした、あっさりした調味で、欧米のような濃厚なソースは存在しません。

 一方、欧米の料理、特に美食の代表的存在であるフランス料理となれば、バターやクリームをこれでもかというくらい多用します。
 ステーキにもバターをのせるのが一般的です。

 また、欧米では、食事における肉の位置づけは、ほとんど主食的な存在です。
 しかし、日本人の主食は「ご飯」で、肉はあくまでご飯のおかずです。

 アメリカ人は、ステーキの一人前として300g〜600gくらいを平気で食べますが、そうなると、あまり脂が多いと、くどくて食べるのが大変なので、肉自体はそこまで霜降りである必要はなく、必要に応じてバターやソースで脂分を自分の好みで添加します。

 一方、日本人は、「ご飯」をメインに牛肉を食べるので、ご飯と合わせることを前提にした味わいを求め、牛肉そのものに、より多くの脂肪を含む育て方をするようになったのでしょう。

 そのため、日本では脂肪交雑の豊かな霜降り肉を、塩コショウとわさび醤油のようなシンプルな味付けで、「ご飯のおかず」として食べるのに対し、欧米では、自分の好みの脂分を、バターやクリームで補いつつ、肉だけでお腹いっぱい食べるのです。

●牛肉の美味しさ

 ただ、肉の旨味、つまりアミノ酸は赤味にあるので、味覚的な部分だけで肉の美味しさを味わうなら霜降りよりも赤味肉、という考え方は正しいと言えるでしょう。

 とはいえ、食べ物の美味しさにおいては、香りの役割も非常に大きいので、良質な脂身が全体にいきわたった霜降り肉の香りは格別です。

 また、最近の研究では、油脂分を甘味、酸味、塩味、苦味、うま味に続く、「第六の味覚」とする研究発表もあります。
 人間が料理に油脂を求める理由は科学的にはまだ解明されていませんでしたが、油脂分を美味しいと感じさせる受容体があるらしいと、いくつかの大学でその解明が進められています。

 赤味には赤味の美味しさ、脂身には脂身の美味しさと、それぞれ役割があり、しかもそれをどう料理にするかのよってもトータルでの美味しさは異なります。

 そういう点では、赤味肉と霜降り肉は、もはや別の食材だと言ってもよいくらいでしょう。

 赤味の硬い肉をわさび醤油だけで食べても味気ないし、霜降り肉にバターやクリームを添加したら食べられたもんじゃありません。

 そもそもの食事のスタイルや調理法が異なるものを同列に議論すること自体がナンセンスなことで、赤味肉だから本物とか、霜降り肉をありがたがるのはどうのとか、頭で考えて味を決めるのではなく、食べて美味しければそれで良いのではないでしょうか。

 グルメ薀蓄は、料理の美味しさ・楽しさをふくらませるスパイスの一つなのに、それにとらわれて、せっかくの美味しさの一側面を切り捨ててしまっては、逆に損じゃないか?と思います。

MATSU.JPG - 16,830BYTES
 松阪牛の肩ロース肉


 


 →雑学indexへ