ドミグラスソース

 洋食の世界でよく目にする「ドミグラスソース」。
 でも、このソースって一体どういうソースなのか?
 
名前も味も良く知られているわりに、いざ説明しようと思うと、どういうソースなのか、意外と知られていないのではないでしょうか。

ドミグラスの意味

 ドミは「半分」、グラスとは「氷」の意味から転じて、「煮こごり状になるまで煮詰めたもの」のこと。つまり、ドミグラスソースというのは、半量以上に煮詰めたソース、という意味なのです。
 
では、何を煮詰めたのかというと、「ソース・エパニョール」というソースのことで、それを濃縮させたのが、ドミグラスソースなのです。
 
この、二重の成り立ちのせいで、どんなソースなのかわかりにくいのかも知れません。
 「ドミ」ではなく「デミ」と言われることもありますが、これは、フランス語をカタカタ表記した時の表現の差異です。

●ソース・エスパニョール

 では、エスパニョールソースがどういうソースかというと、作り方は、ベーコン・野菜をラードで色付くまで炒め、牛肉のフォン(出汁)で煮込み、トマトを加え、ルーでとろみをつけて仕上げたもの。
 
そこにさらに牛肉のフォンを加え、赤ワインやマデラ酒などで風味を加えて煮詰めて、ソースに艶が出るまで濃縮したものが「ソース・ドミグラス」です。(鶏がらなどを加えることもあります)
 
なお、「エスパニョール」とは、スペインのことです。つまり、「スペイン風ソース」という意味なのですが、何故そう名付けられたのかは、はっきりとわかっていません。スペインの料理人が考えたとか、トマトを使うからだとか、諸説ありますが、本国フランスでもわからないようです。

 エスパニョールソースの名前の由来は未詳ながら、古典フランス料理の世界では最も重要な基本ソースの一つとされ、それを濃縮したドミグラスソースは、19世紀〜20世紀中頃までのフランス料理界では、最上級のソースとされていました。
 
「ドミ」の半量というのはあくまで抽象的な意味で、最高に美味しい状態まで煮詰めることを意味しています。単純に言うと、エスパニョールソースをベースに、さらに出汁を加えて旨味を濃縮させたものがドミソースというわけです。
 
だから、たまに「軽いドミグラスソース」という表現がありますが、本来のソースの定義からすると、濃度の足りないドミグラスソースはエスパニョールソースと呼ぶべきで、そもそもドミグラスソースとは呼んじゃいけないと思います。

●ドミグラスソースの流行

 ドミソースには、肉・野菜の全ての旨味が濃縮されていると言えます。それを極限まで濃縮させた味は、間違いなくソースの王様と呼べるでしょう。
 手間はかかるものの、色々な料理に使える万能ソースなので、19世紀のフランスでのレストランブームでは大変重用されました。
 
ドミソースが流行した背景には、まず、フランス料理が宮廷料理だった頃、宮廷料理というのは宴会料理が中心だったので、大量に仕込めて、かつ時間経過にも強いドミグラスソースやベシャメルソースが重用されたからです。その上で、18世紀末のフランス革命によって、それまで宮廷料理だったフランス料理が大衆化していくと、王侯貴族を相手にしていた時のように材料や手間を際限なくかけて何十種類ものソースを用意できなくなったため、余計にドミソースのような万能ソースに集約されたからとも言われています。

 しかし、20世紀になると、ドミソースに代わって、フォン・ド・ボーが使われるようになっていきます。
 その理由としては、
ドミソースは、ソースとしての完成度が高く、味が強すぎて没個性になりやすく、これを使うと何でもドミグラス味になってしまうからです。
 
フォン・ド・ボーも、牛と野菜の出汁にトマトを加えて作るので、材料の基本的な要素としてはドミソースに似ているのですが、あくまで仔牛(ボー)をベースにした「フォン」(出汁)であり、味にクセがないので、色々なソースへの展開ができるからです。また、ルーを使用していないので、とろみをつけるとしてもコーンスターチでつないで軽い味わいのソースに仕上げるので、素材の味がより引き立ちます。ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、未完成状態のドミグラスソースを使うようになった…という感覚に近いかも知れません。

 なぜそうなったこというと、レストランのあり方が、宮廷料理やエスコフィエの時代と今では全く違ったからでしょう。エスコフィエの時代は宮廷時代は終わっていましたが、それでも一般庶民にとってレストランはまだまだ高嶺の花で、金持ちの宴会的な利用のほうが多く、料理を一人前ずつ味を変えながら作るのではなく、大皿に盛った料理に「これ」という美味しいソースをつけて出すことのほうが多く、効率もよかったからだと思います。
 それが、一人ひとりのお客さんのオーダーに合わせて、一人前ずつ料理を作る時代になると、ドミグラスソース一種類で済ませるわけにはいきません。それに、宴会料理のように置きっぱなしにするわけではないので、時間が経ったら分離したり香りが飛んでしまうことは気にしなくていいソース作りが可能になります。そこで、出汁に近い状態のフォンドボーをベースに、オーダーごとにクリームやバター、ハーブ、リキュールなどを加えて、味わいと香り豊かなソース仕上げていくようになった、というわけです。

 そうして、20世紀中盤頃には、フランスでほとんどドミソースは使用されなくなり、現在でもほとんど見ることはないようです。

●日本のドミグラスソース

 明治時代になって、日本に西洋料理が流入した頃は(1868年以降)、フランスではまさにドミグラスソースの全盛時代だったので、フランスで最上級のソースとされるドミソースこそ上等なフランス料理の証とばかりに、日本の西洋料理界で中心的なソースとなりました。
 また、
今のような情報化社会でなく、海外渡航も難しかった戦前期においては、フランスでドミソースに代わってフォンドボーが流行り出した20世紀になっても、日本では相変わらずドミソースが重用され、そのまま第二次世界大戦となり、日本の西洋料理は、時間が止まったような状態になっていました。また、呼び方も、「デミ」だったり「ドミ」だったり「ドビ」だったりと、耳で聞いた外国語を適当にカナ読みしていました。

 日本にフランスの最新の潮流が持ち込まれるのは、1960年代頃から、日本人コックが海外修行に渡るようになり、そうした海外修行組が1970年代に帰国して第一次フレンチブームを起こしてからです。
 そのため、日本のフランス料理界では、戦争が終わってもしばらくの間は、やはりドミソースが主要なソースでした。そこに、海外修行組が帰国してきた1970年代頃から、日本のフランス料理店でもフォンドボーが主流になり、ドミソースを目にすることはなくなっていきました。
 しかしここで面白いのは、日本では戦前派のコックを中心に、それ以降もドミソースの味わいが守り続けられ、それが街の洋食屋に受け継がれていったことです。
 また、1970年代にファミレスブーム時代が到来した際、もともと宴会料理向けに完成されたドミグラスソースはセントラルキッチンでの大量調理に向いていたので、ステーキやハンバーグ用のソースとして、ドミグラスソースはますます日本中に広まっていきました。そして今日においても、日本の洋食のソースの定番と言えば、ドミグラスソースでしょう。
 
そんなわけで、本国フランスでは100年前に廃れたソースが、遠く離れた日本では今日でもよく目にし、しかも、食文化の一部として定着しているのは、面白いものです。

 また、日本でドミソースは西洋料理のソースの象徴だったので、良くも悪くも、茶色のソースを何でも「ドミグラスソース」と称する傾向があります。
 だから、実際には本来の作り方ではなかったり、十分に濃縮されていなくてもドミソースと言ったり、ケチャップにウスターソースを混ぜてそれらしい色にしたようなものまで「ドミソース」として扱われることがあります。
 ファミレスや街の洋食屋なんかのメニューでも、正式な作り方をしていなくても節操なく「ドミグラスソース」と書いたり、
食べ歩き好きのブロガーや口コミサイト投稿者なんかも、茶色くトロっとしていれば、何でもかんでも「ここのドミソースは…」なんて書いていますが、本来の味を知らず、適当に見た目だけで判断されているのを見ると、真面目にソースを作っている側としては、なんとなくすっきりしない感じがします(笑)

 

 


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