アントレは前菜かメインディッシュか

 レストランのメニューに、「アントレ」(entrée)とあった場合、これはどんなカテゴリーの料理なのか、悩んだことがある人はいるのではないでしょうか。
 特に、アラカルトメニューに書いている場合、前菜的な軽い料理なのか、メイン的なボリュームなのかわからず、注文に迷った人はいるのではないかと思います。

 結論から言うと、店によって違います。
 
前菜として扱っている店もあれば、実質的にメインのような料理を書いている店もあります。

 いい加減な回答だと思われるかもしれませんが、店によって違うのには理由があります。
 なので、とりあえずメニューを見てわからなかった時の対処法は、店の人に、「これって、どれくらいの量ですか?」と聞くのが良いと思います。

●本来の意味は「入り口」

 何故店によって違うかというと、フランス料理のコースの構成が、時代によって変わったことが背景にあります。

 アントレは、文字から推察される通り、もともとはフランス語で「入り口」の意味です。
 「入り口」なら「前菜」じゃないの?と思われるかも知れません。
 確かに「前菜」的な意味合いではあるのですが、古典フランス料理におけるアントレは、前菜と言っても、内容的には現在のメインディッシュに近い料理でした。

 一方、一般的に前菜としてイメージされるおつまみ的な感覚の料理は、「オードブル」と呼ばれていました。

 wikipediaの「アントレ」の説明では、オードブルと同義としていますが、あれは正しくなく、フランスの料理書では、オードブルとアントレはそれぞれ別の項目でカテゴリー分けされています。

 宮廷料理時代の影響が色濃かった19世紀の頃までは、フランス料理のコースにおいて、メイン料理というのは「ロティ」(ロースト)でした。
 仔羊や、鴨、鳩、牛肉のロティなど、それも、当時は宴会料理ですから、牛の塊肉や鶏を丸焼きして、大皿に盛り付けるといった豪快な料理が、フランス料理での「主役」だったのです。

 アントレは、その前に位置づけられた料理でした。
 コースの順序として、まず先付としてスープ、オードブルが出され、次に魚料理が出され、そして主役であるロティの前に提供される肉料理、それが「アントレ」でした。そういう意味で、主役であるロティの「前菜」だったわけです。
 そして、メインのロティの後にサラダが出される、というのがクラシックなコースの構成でした。

 しかも、アントレは前菜と言っても、その内容は、フランス料理界の帝王と言われたオーギュスト・エスコフィエ(1846〜1935)が書いた料理書"Le guide culinaire"を見ると、「コートレット・ド・ヴォー」や、「ハンブルグ・ステーキ」といった、かなりしっかりした料理です。

 例えば、仔牛のステーキ肉にパン粉をつけて焼き上げたものにドミグラスソースをかけ、付け合わせにトマトソースと和えたパスタを添える、というような料理です。
 これらはまさに、現在の日本の洋食のカツレツやハンバーグの元になった料理で、決して「おつまみ」的な内容ではなく、手をかけた肉料理のことで、現代の感覚からすれば、立派なメインディッシュでしょう。

 当時の人にしても間違いなく重たい料理だったと思いますが、もともと宮廷料理というのは豪華であること自体が重要だったので、あくまでロティを主役に据えるという前提において、その他の肉料理は前菜だったわけです。

 ただ、フランス革命以後、封建社会から市民社会に代わり、レストランが市民の文化へと変わっていく中で、フランス料理の構成は変化していきます。

 宮廷料理のような採算度外視した長大なメニュー構成は必要なく、また商売としても成立しなかったので、当然ながらメニュー構成は、食べる人にとって適量なコンパクトな構成になっていきました。

 また、王侯貴族の宴会料理ではなく、レストラン営業の中での、1名から数名のお客さんのための料理なので、大皿ではなく、一人前分をお皿に盛り付けるようになります。
 そうなると、重たい肉料理を二品も続ける必要がなくなり、アントレの肉料理とメインのロティが、位置づけとして合体したわけです。

 しかし、メニュー構成上は合体しても、料理のカテゴリーとしては、しばらくはアントレとロティが分かれていたようです。
 エスコフィエはコース料理を確立した人物と言われ、エスコフィエのコースメニューでも肉料理は一品に集約されていますが、先に書いたように、料理書におけるカテゴリー分けでは、通常の肉料理を「アントレ」に分類しています。

 しかし、次第にアントレは完全に「前菜」の意味になり、現在では、アントレ、スープ、魚料理(ポワソン)、肉料理(ヴィヤンド)、というのが一般的なコースの構成になっています。
 
日本のフランス料理店でも、今では前菜を「アントレ」と書くのが一般的になりました。
 なので、フランス料理店に行った時は、アントレは「前菜」と考えて良いでしょう。

 ただ、こうした経緯から、クラシックなホテルや、年季の入ったシェフのいるレストランのフランス料理店などでは、肉料理のアントレのあとにロティを続け、その後にサラダ、というコース構成だったり、肉料理とロティを構成上は合体させながらも、名称としてはそのメインの肉料理を「アントレ」としている店が、ひと時代くらい前までは多くありました。

 とはいえ、今のフランス料理のコースにおいても、前菜の「アントレ」は、手の込んだ料理やフォアグラのポアレが出たりと、実質的に、しっかりした一品料理を出している店も多いです。

 そういう点ではエスコフィエの時代と本質は変わっていない、という見方も出来ますが、おつまみのような料理の盛り合わせや、サラダを出している店もあります。

 このあたりはもう、レストランのスタンス次第だと思います。
 そもそも、ひとくちに「コース」といっても、どんな構成で、どれくらいの価格で、どれくらいのレベルの料理でやるか
は、その店次第なので…

●アメリカのアントレ

 しかし、ここで厄介なのがアメリカです。
 アメリカでは今でもアントレをメイン級の一品料理の位置づけとして使用し、おつまみ的な前菜には「スターター」という言葉を用います。
 これは、古典フランス料理時代の「アントレ」の料理カテゴリーが、そのまま定着したのでしょう。

 そのため、アメリカのレストランに行くと、メニューの左側のページに「スターター」、右側のページに「アントレ」が書かれてあることがあり、その場合、アントレは間違いなく重たい料理と考えてよいでしょう。

 そして、日本にもそうしたアメリカンスタイルのレストランがあるからややこしい。

 アメリカンスタイルのバー&グリルだとか、カリフォルニア料理の店だとか、そういったレストランでは、アメリカと同じく、しっかりした一品料理をアントレと書いていることがあります。
 そのため、いまだにアントレが前菜なのかメインディッシュなのか、混乱が生じる原因になっているのだと思います。

 フランス料理一筋の人からすると、アントレをメインディッシュだとか言うと間違いだと言うかも知れないし、そうは言ってもアメリカ帰りの人からすれば、いやいやアントレは立派な料理で前菜なんかじゃないと言うだろうし、どちらが正しいとか決めるのは、難しいところです。

 フォーマルなスタイルのフランス料理店のコースメニューで、上の段にアントレとあれば、その意味に困ることはまずないと思いますが、アラカルト中心のカジュアルなレストランのメニューだと、その店がどういう意味でアントレだとか書いているかわからないし、正統派のレストランでの修行経験のないコックの店となると、もはやどういった基準で書いているかは本人しかわからないので、そういう場合は店の人に聞くしかない、ということになるわけです。

 
 


 →雑学indexへ