北海道根室市名物・エスカロップ

 全国のご当地洋食の中でも、北海道根室市の「エスカロップ」は有名です。
 バターライスまたはケチャップライスにトンカツを乗せてドミグラスソースをかけた料理で、関西のカツめしに似た料理です。

 ただ、この料理の起源については意外と正しく知られていないようで、wikipediaでは、北海道で最初にこの料理を提供した「モンブラン」という店で考案された料理として書かれ、名称についても、単にフランス語の「薄切り肉」が由来としか書かれていません(2017年4月情報)。

 他にも、イタリア料理が起源だとか、東京からやってきたコックがモンブランに勤めていて開発したから元は東京発祥ではないか?など、その起源についてネットでは、色々な憶測がなされています。

 しかし、そうした情報はどれも正しくなく、この「エスカロップ」という料理は、元を辿ればれっきとしたフランス料理で、日本でも戦前から知られていた料理なのです。

●北海道のエスカロップ

 北海道のエスカロップは、根室にあった洋食屋「モンブラン」が、1963年頃にはじめてメニューに載せた料理とされ、最初は仔牛肉のカツ使用し、下に敷いていたものもライスではなくスパゲッティを添えていたのが、後にトンカツになり、スパゲッティがライスに変わって、現在の形に定着した、といのが定説です。
 バターライスだと「白エスカ」、ケチャップライスだと「赤エスカ」と呼ぶそうです。

●フランス料理のエスカロップ

 一方、フランスの古典料理にも、「エスカロップ」という料理がはっきりと存在します。
 戦前の日本の洋食は、その多くが明治時代に日本に流入したフランス料理やイギリス料理が原点で、エスカロップもそうした料理の
一つなのです。

 "escalope"の意味自体は、「薄切り肉」のことを意味し、料理用語としても肉を薄切りにすることです。
 薄切りといってもペラペラではなく、家庭で豚カツを作るくらいの厚さで、料理としてはパン粉をつけて焼くことが多いです。なお、ペラペラの薄切りにすることは、「エマンセ」と言います。

 フランス料理界の帝王と言われたオーギュスト・エスコフィエ(1846〜1935)が書いた料理書"Le guide culinaire"には、仔牛肉や鶏肉を使ったエスカロップがいくつも掲載されています。
 "Escalopes de Veau"(Veau=仔牛)の説明では、肉の大きさは100g程度、それを叩いてパン粉をつけて焼く、と書かれています。

 また、エスカロップに適したソースとしてドミグラスソースも挙げられていて、付け合わせにマカロニを添えるものもあります。

 エスコフィエの料理をメニューによく載せていた、横浜ホテルニューグランドの戦前のメニューを見ると、ある日のアラカルトメニューに、"Escalope Veal Viennoise"(仔牛のエスカロップ・ウィーン風)がありました。

 エスコフィエの"Escalope de Veau à la Viennoise"のレシピを見ると、ブルー・ノワゼット(焦がしバター)を敷いた上に仔牛のカツを盛り、レモンを乗せるとあるので、これはまさに「ウィンナ・シュニッツエル」を模した料理ですが、戦前に仔牛をカツにした料理を「エスカロップ」として出されていた一つの例です。

 このように、戦後に根室のレストランで提供されるよりずっと以前に、レストランのメニューにエスカロップは存在したわけです。

 厳密にはエスカロップ自体が料理名というわけではなく、「薄切り肉を使った料理」というカテゴリーの中に色々な料理があるのですが、メニュー表記上、料理名と一体化していると言って良いでしょう。

 では、ニューグランドが日本でのエスカロップの元祖か?というと、そういうわけではなく、日本でも屈指の老舗洋食店「築地精養軒」の料理長を務めた鈴本敏雄氏が、大正九年に発行した料理書『仏蘭西料理献立書及調理法解説』を見ると、仔牛のところに"Escalopes de Veau"の記載があり、ここでの作り方も、薄切りにした仔牛肉にパン粉をつけてバターで焼く、とあります。

 また、そこにはウィーン風はじめ、いくつかのバリエーションが紹介され、"Escalope de Veau à la Savoisienne"では、味付けしたご飯とドミグラスソースを添える、とあり、これはもはや現在の根室のエスカロップそっくりです。

 戦前〜戦後にかけての日本の西洋料理の集大成といえる料理書、『荒田西洋料理』の第一巻には、パン粉をつけるパターン・つけないパターン合わせて、50種類を超えるエスカロップのバリエーションが掲載され、パン粉をつけて焼いた仔牛にスパゲッティを添える、という料理はもちろん、第八巻には、豚肉のエスカロップも掲載されています。

 根室のモンブランのメニューにエスカロップが登場したのが1963年頃と言われていますが、『荒田西洋料理』の発行年は1964年。
 モンブランでのメニュー化より一年後とはいえ、遠く北海道のレストランで初めて考案された料理が、翌年に発行された料理書に、何十種類ものバリエーションで掲載されるというのは、ちょっと無理のある話なので、やはりエスカロップは、北海道で提供される以前から、日本の洋食界に存在していたのでしょう。

 このように、牛肉や豚肉をカツにして、パスタやライスを添えた「エスカロップ」という料理は、元々フランスの古典料理であり、日本の洋食界では、戦前、遅くとも大正時代には存在していた料理のようです。

 北海道の「モンブラン」でも、最初は仔牛肉を使っていたのは、まさに本来のフランス料理のレサピを踏襲していたからでしょう。

 モンブランでこの料理を初めてメニューに入れたコックの方も、新しい料理を開発したとは思っておらず、自分が学んできた料理の中から、新しい料理をメニューに加えただけだったのではないでしょうか。

 ただ、おそらく北海道では全く知られていなかったために、エスカロップを初めて見たお客さんからは「オリジナル料理」と受け止められ、そのまま名物料理となって定着したのでしょう。

 
 


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