ハンバーグのルーツ

 洋食の定番、「ハンバーグ」のルーツは、意外とちゃんとわかっていません。
 wikipediaなど
ネットではタルタルステーキが起源、という説が記載されていますが、はっきりした根拠はありません。

 そもそも、牛肉の屑肉とか、固い肉を細かな挽肉にして、それを美味しく食べるために混ぜ物して焼く、といった料理は古代からあったらしく、誰が考案したとか、起源がどこかを特定することは難しいと思います。

 また、卵を使っているのは日本独自だとかよく言われますが、これも正しい情報ではなく、とにかく色々な適当な情報が飛び交っているのが現状です。

●ハンバーグの名前の由来はドイツから

 ただ、「ハンバーグ」という名称の由来については、ある程度はっきりしています。
 ハンバーグという名前は、ドイツの都市ハンブルク(独:Hamburg)のことです。

 ドイツ最大の工業都市であるハンブルクでは、労働者を中心に安い挽肉を工夫してよく食べられていたことから、欧米では牛の挽肉を固めて焼いた料理を「ハンブルク風」と呼ぶようになったようです。

 もともとソーセージ好きのドイツ人ですから、牛肉を挽肉にして調理するのもごく自然なことで、ソーセージのことをフランクフルトやウィンナーと呼ばれるのと同様の流れでしょう。(フランクフルトもドイツの都市名、ウィンナーはオーストリアの首都ヴィエナの英語読みが語源)

●アメリカのハンバーグステーキ

 アメリカでハンバーグを作られるようになったのは、ドイツ人がアメリカに移民をはじめてからだと言われています。

 もともとドイツ人は牛肉を挽肉にして焼いた料理を作っていましたが、アメリカでそれが「ハンバーグ」という名前で出てくるのは十九世紀後半からで、ニューヨークのアウグスト・エルミッシュというドイツ人の店には、1873年のメニューにハンバーグがあったそうです。

 そして、1876年のフィラデルフィア博覧会にドイツの料理店が出店し、そこで当時は珍しかったハンバーグが人気となり、それからアメリカに広く知られるようになりました。  

 なお、アメリカには「ソールズベリー・ステーキ」というハンバーグに似た料理がありますが、これは、十九世紀中頃に、ニューヨークにいたジェームズ・ソールズベリーという医者の名前に由来します。

 当時、牛挽肉をちゃんと焼かないで食べて食中毒になる人がいたため、ソールズベリーが牛挽肉はしっかり火を通して食べることを推奨し、当時の医学書や料理書に、牛挽肉を固めて焼いた料理のことを「ソールズベリー・ステーキ」という名称で掲載したことから生まれたものです。

 料理としてハンバーグとの違いは明確ではありませんでしたが、1914年に第一次世界大戦が始まると、アメリカにとって敵国であるドイツの都市名に由来するハンバーグという名称を使う店が減り、代わりにソールスベリーステーキの名前が用いられ、それで広まったようです。

●フランス料理の「ハンブルク風」と日本 

 ハンバーグが日本に入って来た経緯となると、ネットでは、アメリカから日本に入って来たという説がよく書かれていますが、これはアメリカでハンバーガーが盛んに食べられていることから推測されたもので、正しいかどうかわかりません。

 むしろ、日本のレストランのメニューになった経緯となると、どちらかというと明治時代に流入してきたフランス料理の影響でしょう。

 何故フランス料理かというと、日本が開国して西洋料理が流入してきた十九世紀の頃は、ヨーロッパで一番美味しい料理といえばフランス料理と相場が決まっていました。

 そのため、横浜や神戸といった開港地では、外人ホテルのレストランは基本的にフランス式で、明治政府も公式の応接料理をフランス式に定め、日本人コックは、洋食を学ぶならフランス料理を身に付けることが基本だったからです。

 もっとも、日本に居住している外国人の数はイギリス人が一番多かったので、実態としては多分にイギリス風ではありましたが、少なくとも戦前の日本のレストランは、レベルの高低はともかく「フランス式」が主流で、日本の洋食の多くはフランス料理が原点になっています。

 こうしたことから、日本のハンバーグの原点となる料理は、当時の古典フランス料理の中にあるのではないか?と考えるのが自然です。

 そこで、戦前の日本人コックがバイブルとしていた昔のフランスの料理書を開くと、エスコフィエの"Le guide culinaire"には"Beefsteak à la hambourgeoise"(ハンブルク風ビーフステーキ)、モンタニエの"Larousse gastronomique"には"Bifteck à la hambourgeoise"(ハンブルク風ビフテック)といった料理があり、フランス料理においても、牛挽肉を固めて焼いた料理が「ハンブルク風」と呼ばれて存在していました。

 作り方はどちらも、牛挽肉に、玉ねぎ・卵・塩・コショウ・ナツメグを混ぜて固めて焼く、となっています。

 ネットでは「卵のようなつなぎを入れるのは日本独自」という説がしばしば見られますが、これらの料理書からわかるように、挽肉にタマネギや卵を入れて焼く、というのはフランスでも古くから用いられていた手法であり、日本独自のものではありません。

 また、日本では昔からハンバーグにナツメグを入れるのが定番なことからも、こうした古典フランス料理の影響である可能性が高いことが伺えます。

●副材のパン粉

 ただ、こうしたフランス料理の影響が忘れられ、日本独自の料理と誤解されたり、アメリカからの影響だと思われるようになったことには理由があります。

 まず、アメリカではハンバーガーをはじめ、レストランでもハンバーグステーキという料理は今日でも見られますが、現在のフランスでは、"Beefsteak à la hambourgeoise"も"bifteck"という料理も、どちらも廃れてしまった料理なのです。

 また、今日の日本のハンバーグにはパン粉を入れるのが一般的ですが、こうした古いフランスの調理法ではパン粉は使われていません。
 フランスの家庭では今でも挽肉を固めて焼くことはあるようですが、パン粉や卵を入れてふっくらと焼き上げることはないようです。

 こうしたことから、ハンバーグはアメリカから日本に持ち込まれ、そこにパン粉や卵を入れたハンバーグは日本で生み出された独自の日本式ハンバーグ、と思われてしまうのだと思いますが、『月刊BOX』(ダイヤモンド社)1986年11月号に掲載された馬場久シェフのインタビューによると、戦前の横浜ホテルニューグランドでは、初代総料理長のサリー・ワイル氏のメニューに、数種のハンブルグ風ステーキがあり、レシピにはパン粉が入っていたそうです。(馬場久シェフは、ワイル氏の最愛の弟子と言われた人物)

 このように、戦前の日本のフレンチ・レストランにはすでに、外国人コックの手による、パン粉の入ったハンバーグがあったわけです。
 
当時のニューグランドは外人向けのホテルだったので、日本人向けにアレンジしたわけではなく、材料の原価を下げるためにパン粉を入れていたそうです。

 パン粉を使うのがワイルの独創だったのかどうかはわかりませんが、ドイツの家庭では、今でもパン粉を入れることがあるようですね。
 まあ、実際にはパン粉というより単純にパン屑で、ドイツ人にとっては、野菜屑やパン屑といった余りものを有効活用した料理、というのが実態でしょう。

 また、戦前に横浜の外人ホテルで修行し、第二代目の「天皇の料理番」となった斎藤文次郎氏は、著書『フライパン一代』の中で、ホテルなど一流どころではハンバーグにパン粉は入れない、と書いています。

 これらのことから、ハンバーグにパン粉を入れるか入れないかは、西洋式とか日本式と言うより、料理人の考え方次第だったということですね。
 パン粉を入れるのは、どちらかというと、原価的な理由と言えそうです。

 しかしながら、ルーツはフランス料理だとして、今日これだけハンバーグを進化させた国は、日本をおいて他にないでしょう。
 昔はともかく、今日の日本のハンバーグは、ほとんど日本独自のスタイルと言えます。

 フランスでは廃れたハンバーグが、日本では今でも人気がある理由は、味そのものよりも、日本がもともと肉食の国ではなかったからではないか?と、個人的には思います。

 というのも、欧米や中国など、昔から肉料理をよく食べる国では、「ごちそう」的な肉料理となると、牛に限らず羊でも鳥でも塊の状態の料理で、挽肉料理は、家庭的というか、安っぽい料理という印象があるようですね。

 アメリカでも、大衆食としてのハンバーガーやハンバーグステーキはメジャーですが、高級レストランのメニューにハンバーガーやハンバーグ・ステーキはありません。

 しかし日本では、長らく肉料理そのものが高価な料理というイメージがあり、挽肉料理であっても、美味しく作ればごちそうとして認識されたので、ハンバーグもずっと進化し続けたのではないかと思います。

 ただ、日本でも、今日においては、フレンチレストランのような高級店のメニューからは姿を消していますが、洋食レストランでは定番メニューとして、この先もハンバーグが廃れることはないでしょう。
 


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