メンチカツ

 庶民的な洋食の中でも超メジャーな、メンチカツ。(関西ではミンチカツ)
 
現在では、レストランの料理というより、肉屋さんやスーパーなどでコロッケと並んで売られている惣菜のイメージが強いのではないでしょうか?

 そもそも、「カツ」といっているけど、カツというよりコロッケの仲間じゃないの?
 という人もいるかも知れない。

 そんなメンチカツですが、ルーツを辿ればやはり西洋料理に原点があります。

  西洋には挽肉を丸めて焼いたり揚げたりといった料理は古くからありますが、パン粉でくるんだ料理となると、ロシアでよく食べられている料理なのです。

 ロシアには「コトラーラ」という、挽肉に刻んだタマネギなどを合わせて味付けし、パン粉をつけて揚げた料理があり、現在でもよく食べられています。
 まんま、メンチカツです。

 この「コトラータ」の名前の由来は、フランス料理の「コートレット」。
 これは、アメリカでは"cutlet"(カットレット)と呼ばれ、日本の「カツレツ」の元となった料理です。
 スライスした牛肉や豚肉に溶き卵を浸し、パン粉をつけて焼いた料理です。
 
ロシアのコトラータも、挽肉ではなくスライスした肉を使うこともありますが、単純にコトラータというと挽肉を使ったスタイルのようです。

 フランス料理を元に生まれたロシア料理といいながら、面白いことにそれが再びフランスに逆輸入され、「ビトーク」という料理が生まれます。
 
エスコフィエの料理書によると、正式には"Bitoke à la Russe"(ロシア風)といって、みじん切りにした牛肉をすり潰し、バター、塩こしょう、ナツメグで味付けし、パン粉をまぶして焼いた料理です。
 料理の仕上がりとしては、ハンバーグを焼いたような感じです。

 日本のメンチカツは、明治期の洋食屋ですでに、「ミンス・ミート・カツレツ」(mince meat cutlet)という名前で存在していたそうです。 
 "mince"とは「ミンチ」、つまり挽肉のこと。つまり、挽肉で作ったカツレツです。
 日本では挽肉のことを「ミンチ肉」と言いますが、そもそも「ミンチ」という英語は存在せず、"mince"の過去形である"minced"の発音がなまったものと言われています。

 ただ、そもそも洋食屋のカツレツは、フライパンで焼いたりオーブンで焼くもので、油で揚げるのは後から生み出された手法なので、当時のミンチカツが、焼いて作られたのか、揚げて作られたのかは分かりません。

 大正時代九年に、精養軒の料理長・鈴本敏雄氏によって書かれた『仏蘭西料理献立書及調理法解説』には、牛ヒレ肉を挽肉にして、刻んだタマネギ、スパイスを合わせ、卵に浸してパン粉をつけて揚げる、「フィレ・ド・ブフ・ア・ラ・ポロネーゼ」(牛ヒレ肉のポーランド風)という料理や、仔牛肉を挽肉にして、卵に浸してパン粉をつけて揚げる、「コートレット・ド・ヴォー・ア・ラ・ポジャルスキー」(仔牛のカツレツ・ポジャルスキー風)という料理があります。

 また、メンチカツに似たコロッケも、現在ではじゃがいもやクリームソースをタネにして作るのが一般的ですが、エスコフィエの料理書では、じゃがいもやクリームのコロッケだけでなく、肉や魚、フォアグラやトリュフを使ったコロッケもあり、じゃがいもやクリームソースは使わず、細かく刻んだ具にドミグラスソースを合わせたタネで作るコロッケもあります。

 いずれにしろ、メンチカツの原型となる料理は、日本ではかなり古い時期から西洋からもたらされていて、何らかの形で知られていたようです。
 それも、コロッケとカツレツの両方に原型があり、現在でも資生堂パーラーや香味屋のように、上質な素材を使って手間暇掛けて作られている店もあります。

 それを「メンチカツ」という名前で定着させたのがどの店なのかは分かりませんが、ミンチ肉をカツレツのように揚げた料理ですから、どこの店とは限らず、全国各地で自然発生的に生まれた料理ではないかと思います。

 それらの一般化・大衆化に大きな役割を果たしたのは、街の肉屋でしょう。

 美味しいコロッケやメンチカツといえば、肉屋のコロッケを思い浮かべる人は多いのではないでしょうか?
 それもそのはず。
肉屋には、いつも新鮮で良質なラード(豚脂)やヘット(牛脂)があります。
 そして、そもそも明治になるまで肉を食べなかった日本ですから、肉屋にとって洋食屋はメインの取引先です。
 洋食屋に肉や脂を売りつつ、逆に余ったパン屑や、古くなって固くなったパンを貰い、それを細かくおろしてパン粉にし、洋食屋から作り方を教わってコロッケを作ったり、余った肉や固い肉を挽いて丸め、メンチカツとして売ったわけです。
 良い脂と新鮮な肉で作ったコロッケやメンチカツが美味しいのは当然です。
ちなみに、じゃがいもが安くなったのは、第一次世界戦が終わってじゃがいもが大量に余ってからなので、大正七年以降の話です)

 メンチカツは、ハンバーグにパン粉をつけて揚げた料理と言われることがありますが、メンチカツのタネとハンバーグの違いに、明確な定義はありません。
 
ただ、あえていうのであれば、メンチカツのほうが幅が広く、ハンバーグらしくないものでもメンチカツになる、ということでしょう。

 ハンバーグは、元々西洋料理に存在していた料理だからか、作り方や味のテイストにある程度決まったイメージがあります。
 一方、メンチカツは、西洋料理に原型がありながらも、味の方向性や作り方の自由度が高いように思います。

 例えば、挽肉にニラや白菜を入れて作った、餃子の餡のようなタネを丸めて焼いてもハンバーグにはなりませんが、パン粉にくるんで揚げればメンチカツになります。

 とにかく、たっぷりの挽肉を使ってタネを作り、パン粉をつけて揚げたらそれはもう「メンチカツ」です。
 
それだけ、メンチカツは日本的な洋食だといえます。

 現在ではコロッケと並ぶ大衆的なお惣菜のイメージがありますが、上質な素材を使って丁寧に仕上げれば、並のハンバーグよりも深い味わいの料理になる、非常にポテンシャルの高い料理です。

 
 


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