ピラフは炊くもの?炒めもの?

 みなさんは、「ピラフ」と聞いて、どんな料理を想像しますか?
 洋風の味付けのごはん料理。でも、正式な作り方をご存知でしょうか?

 知っているようで意外と知られていないピラフのこと。ついでにリゾットとパエリアの違いなんかも説明します。

●ピラフ=洋風チャーハン??

 ひと昔前までは、ピラフというと、ナポリタンと並んで街の洋食屋や喫茶店の定番料理でした。
 また、
ピラフの説明に「洋風チャーハン」と書いている店もあるくらいで、作り方も、炊き上がったご飯を、洋風に味付けしてフライパンで炒めて出す、という店も少なくありませんでした。

 でも、こうしたピラフは日本で作り出された「なんちゃってピラフ」で、本物のピラフではありません。

●ピラフはトルコ料理

 ピラフの発祥地はトルコで、"pilav"という料理です。
 かつてトルコは、オスマン=トルコ帝国という強大な国家があって文化がよく栄え、十五世紀にはローマ帝国を滅ぼし、十六世紀にはハンガリー王国やスペインの連合艦隊を破り、全ヨーロッパを脅かすほどの力を持っていたので、食文化も発達していました。

 トルコ料理のピラフは、手鍋で生の米と具をオイルで炒め、それに出汁を注いでフタをして炊く、という、調理工程としてはイタリアのリゾットに近い料理です。(トルコのピラフがイタリアに伝わってリゾットになったという説もあるようです)

 ただ、リゾットと違い、仕上がりは全体がパラパラした状態になるまで火を入れ、汁気は残しません。
 リゾットの場合は出汁とオイルを乳化させて汁っぽい「おじや」のような仕上がりにするので、食感や味わいはかなり違います。

 調理法でおわかりの通り、ピラフとチャーハンとの違いは、生米から炒めて味付けしながら炊くのか、炊いた米を味付けしながら炒めるかに、大きな違いがあります。

 チャーハンのように、すでに炊いた米を味付けするのではなく、ピラフは生米から作るので、実質的にほとんど炊き込みごはんです。
 だから、日本的な説明を加えるなら、洋風チャーハンというよりも、洋風炊き込みご飯、と言ったほうが正しいでしょう。

 リゾットやピラフは、フランス料理でも料理の付け合わせとしてよく用いられていて、十九世紀のエスコフィエのメニューにも登場します。

 ピラフは、フランス料理では、"Riz pilaf"(リ・ピラフ)とか"Riz pilaw"(リ・ピロウ)といい(rizとはライスのこと)、トルコ語の"pilav"がなまって、いくつかの読み方が生まれたものです。

 フランスのピラフも、お米を具とともに炒めた後、鍋にスープを注いで蓋をし、それをそのままオーブンに入れて炊き上げます。水っぽさがなくなる状態まで火を入れ、仕上がりは表面が乾いているくらいが良いとされます。

 ちなみに、タマネギとお米をバターで炒め、ブイヨンで炊き上げたベーシックなピラフのことを、洋食の世界では「バターライス」と呼んだりします。

 また、西洋の有名な米料理に「パエリア」がありますが、これはスペイン料理です。
 ピラフやリゾットのように生米で作るのではなく、すでに炊いたご飯に具と出汁を加えて鍋で煮込んで仕上げる料理で、ピラフとリゾットの中間的な料理です。これこそ、日本の「おじや」に近い料理と言えるでしょう。

●アレンジの変遷

 では、そのピラフが何故、日本で洋風チャーハン化したのか…?
 これにはおそらく、大きく2つの理由があります。

 一つ目は、本来のピラフが何かは知らずに、見た目を真似て「ピラフ」としたもの。
 ちゃんとした料理修業をしたわけでなく、脱サラとかで喫茶店を開いて軽食を出した店なんかは、炊いた白飯を洋風に味付けして炒めてピラフ、としたわけです。

 それに、昔は家庭向けの料理本でも、チャーハンのような作り方でピラフを紹介していることもあったので、そうやって作った料理を「ピラフ」と称しても、疑問を感じる人はあまりいなかったのでしょう。

 二つ目は、レストランの現場の作業効率から生まれたものです。
 リゾットにしろピラフにしろ、生米から調理すると、作るのに20分以上かかります。これでは、お客さんに一品料理として提供するには時間がかかり過ぎです。

 だから、多くの街場のレストランでは、リゾットやピラフは事前に作り置き(スタンバイ)しておくのが当たり前で、オーダーが入ったら、スタンバイしておいたものを温めなおして素早く提供するわけです。

 もちろん、具となるチキンやシーフードなどは注文が入ってからソテーするので、丸々作り置き、というわけではありません。

 ここで活躍するのが先の「バターライス」で、ブイヨンとバターだけで作ったプレーンなピラフをスタンバイしておき、オーダーが入ると、具をフライパンで炒め、そこに作り置きしておいたバターライスを加えて、そのままフライパンで温めながら合わせて出来上がり、というのが、レストランでよく行われるピラフの調理方法です。
 こうすることで、カニピラフだとかチキンピラフというように、メニューのバリエーションも広げられます。

 ただ、その作り方を外から見れば、チャーハンを作っているように見えると思います。

 さらに、ここからもう一つの変化があります。
 パパママ経営のような街場の小さなレストランとなると、普通の白飯とは別にピラフを炊いておくこと自体も手間だし、もし注文が入らなかったら材料のロスになってしまいます。

 だから、正しいピラフを知っていても、ピラフのスタンバイをしたりせず、オーダーが入ってから白飯を洋風に味付けて、ピラフとして出すことも、よくあることです。

 また、売れ残った白飯がもったいないから、それを洋風に味付けし、翌日にピラフとして出す、ということも、材料費のロスを軽減するための常套手段として用いられます。

 これらは、わかっててやっていることとはいえ、日本的な洋食として確立した「洋風チャーハン」と言うべき料理なのかも知れません。

 一方、中華のチャーハンも、日本ではさらに別の進化をしていて、炊き込みご飯のようになっている店もあります。

 本来は、白いごはんを味付けしながら炒めるのですが、それだと技術や味付けに個人差が出やすい。
 そこで、チャーハン用のご飯は、事前にダシと一緒にご飯を炊いておき、注文が入ったら、卵とネギと肉を炒めて、それに炊いておいた味付け済みのご飯を合わせるだけで出来上がり、という作り方も、最近ではチェーンの中華料理やラーメン店などでよく用いられているようです。
 こうなると、ある意味「チャーハン風ピラフ」と言えるかもしれません。

●グルメブームによって…

 平成に入ってグルメブームが起こると、料理に対して、ネコもシャクシも本格志向になりました。
 また、調理機器の発達や普及によって、調理法や保存方法も進化し、街場の小さなレストランでもずいぶん料理のレベルが高くなりました。

 今では、チャーハンのように作ったピラフなんてニセモノ扱いされますし、茹で置きしたパスタを使ったりしたら、ブログや某口コミサイトなんかでヒドイ事を書かれそうです(笑)

 そのわりに、日本風のピラフが長らく浸透していたせいか、本来のピラフの味を知らない人も多いように思います。

 本来のピラフは、日本のふっくらしたご飯とは違い、ポソポソした食感になります。
 そもそもお米の品種が違い、日本のお米は粘りがありますが、ヨーロッパでよく使われるお米や、中国や東南アジアのお米は、パラっとした仕上がりになります。

 そのため、日本でちゃんとしたピラフを出すと、逆に「生煮え」とか「解凍不足の冷凍食品」というような誤解を受けることがあります。
 そう思われてしまうリスクを考えると、正しく作るべきかどうか、悩ましいところです。

 ただ、脱サラした人が見よう見真似で作ったようなエセピラフも確かにあったでしょうけれど、日本のピラフが長らく「洋風チャーハン」的だったのは、作業効率や、日本人に合った食感になるなど、それなりの経緯と考えがあったわけで、決して日本人コックが本物のピラフを知らなかったわけではないし、簡略化したからといって一概に「ニセモノ」扱いする風潮は、残念な気がします。

 似た例では、パスタやリゾットを事前に茹で置きするやり方は「日本式」とか言われることがありますが、実際には本場イタリアでも、大衆レベルの店ではよく行われていることです。
 僕がはじめてイタリアのミラノのトラットリアでリゾットを食べた時、オーダーして5分くらいで出てきました(笑)。生米から作っていたら絶対に出せない時間です。でも、十分美味しかったですね。

 丁寧に作れば、洋風チャーハンにしたピラフでも十分美味しいものが作れます。
 結果的に美味しけりゃ、調理工程なんて何でもいいと思うんですけどね〜(笑) 

    


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