サーモントラウト弁当

 有名ホテルの一連の食品偽装問題を機に、飲食店などの表記について物議が醸し出された中に、「サーモン」と「トラウト」、つまり「鮭」と「鱒」の表記についても問題になりました

 お弁当屋や食堂によくある「鮭弁当」や「鮭定食」で使われている「鮭」が、実は鮭ではなくて「サーモントラウト」(サーモン=鮭、トラウト=鱒)という外国の養殖魚だった、という話。

 それが何故問題になったかと言うと、サーモントラウトという魚は、ニジマスを品種改良したものなので、鮭(サーモン)ではなく鱒(トラウト)と表記すべきで、「鮭」と表記するのは偽装だ、と指摘する人が出てきたからです。

 それに対して業界側は、「悪意のある表記ではなく、消費者にとってわかりやすい表記」と回答をしたり、表記を無難に「焼魚定食」にしたりと、意見・対応が分かれていますが…
 僕はこうしたやりとりを、すごくナンセンスに感じます。

●鮭と鱒の違い

 そもそも鮭と鱒の違いとか、日本の鮭と外国のサーモンの違いって、どれだけ理解されていて、また、どれだけ重要なことなのでしょうか。

 シイタケをマツタケと称して売るような、明らかに高級品を装うのは悪質な偽装です。

 しかし、鮭、鱒、サーモン、トラウトの場合、鮭は高級、鱒は下級、などと決まっているものではありません。
 サケ類の分類は、魚によほど詳しい人でなければ説明は難しい話なのです。

 というのも、そもそも、魚の分類上、「マス目」や「マス科」という分類は存在しません。
 鮭も鱒も、どちらもほとんどが「サケ目・サケ科」に分類され、その中に「〜サケ」「〜マス」と呼ばれる魚がいるだけです。
 つまり、言ってしまえば、全て「サケ」なんですね。

 その上、鮭と鱒のややこしいところは、育ち方によって名前が変わるものがあるからです。

 「鮭」という魚が、川で生まれて海に出ていくことはよく知られていますが、鮭の仲間の中でも有名な「ベニザケ」は、川にいる間は「ヒメマス」で、成長して海に出ると「ベニザケ」になるのです。つまり、鱒であり、鮭でもあるわけです。

 さらにややこしいのは、それも単なる幼名ではなく、川でのナワバリ争いに負けたヒメマスが海に移動して「ベニザケ」になるのであって、ナワバリ争いに勝ってずっと川に住み続けたヒメマスは、大きくなっても「ヒメマス」なのです。

 こうしたことから、「海にいるのが鮭、川にいるのが鱒」と言われることがある理由なのですが、さらにややこしいのは、「サクラマス」というサケ目・サケ科の魚は、川にいる時は「ヤマメ」、海に出ると「サクラマス」なるという、つまり「海にいる鱒」で、しかも、ずっと川にいるヤマメは、大きくなってもヤマメのままで、「鱒」ですらないのです。

 もっとも、日本での「鮭」と「鱒」の分類と、海外での「サーモン」と「トラウト」の分類も一致していないので、厳密には「トラウト=鱒」となるわけでもありません。

 実にややこしい。これが鮭・鱒・サーモン・トラウトという魚なのです。

●どちらが高級魚か

 では、鮭、鱒、サーモン、トラウトの中で、どれが高級魚なのか、となると、これまた難しい。
 日本で昔から「鮭」として最も親しまれている魚は、「シロザケ」という魚です。

 産卵期に川に戻ってくる秋頃によく獲れるので、「秋鮭」とか「アキアジ」と呼ばれ、秋に旬を迎える代表的な魚として親しまれています。
 また、回遊中の春頃に獲れるシロザケは、「時鮭」とか「トキシラズ」と呼ばれて、これもよく出回ります。

 このように、春・秋とよく獲れるだけあって、価格も安価で大衆的な魚であり、もともと日本で「鮭」を指す「シロザケ」は、それほど高価な魚ではないのです。

 一方、鱒については、川釣りをすると、ニジマスなんかは比較的簡単に釣れるので、鱒は鮭よりも安い魚のように思われがちです。

 しかし、サケの仲間の中でも最上級クラスの魚に「キングサーモン」という魚がいますが、キングサーモンは、寿司屋などでは「大とろサーモン」などと表記され、スーパーでも高値で売られる高級魚です。
 そして、この魚の和名は「マスノスケ」。日本で一般的に「鮭」と言われている「シロザケ」よりずっと高級な「鱒」なのです。

 でも、魚に詳しい人でなければ、こんな名前は知らないと思うので、むしろ正式名称にこだわって、寿司屋で「マスノスケ」とか書かれても、「何これ?」と思われてしまうでしょう。
 居酒屋で、「とろサーモンの炙り」と書かれればわかりやすいですが、「マスノスケの炙り」と書かれても、ほとんどの人にとってはピンと来ないのではないでしょうか。

 サクラマスも、今では漁獲量が減っているので高級魚として扱われ、シロザケよりも高級な「鱒」です。
 一方、外国から輸入される「サーモン」というのは、「サーモントラウト」(ニジマスの改良種)や、「アトランティックサーモン」(タイセイヨウサケ)と呼ばれる魚が代表的存在で、養殖に成功しているため比較的安価です。ただ、アトランティックサーモンは、良質なものはシロザケよりもずっと高いです。

 味の面では、春のトキシラズは脂が乗っていて美味しいですが、秋のシロザケは産卵のために川に戻ってくるところなので、栄養や体力を卵に使い果たし、身には脂がなくぱさぱさしていて、実はそれほど美味しくないんですね。

 むしろ、養殖のアトランティックサーモンやサーモントラウトのほうが、栄養を蓄えていて脂も乗っているので、シロザケより味が安定しています。

 つまり、鮭だから上等だとか、トラウトだと下級だとか、そういう定義自体やりようがないのです。

●正しい表記とは

 食品表示の本質は、「消費者にとってのメリット」だと思います。
 下級品を高級品と言って欺く「偽装」は、消費者に不利益を与える、悪質な行為です。

 ですが、必ずしも正式名称を使わないことが全て「消費者にとって不利益」とは限りません。
 もちろん、そういって販売側のモラル任せにした結果が、悪質な偽装を生んでしまったとも言えなくもありませんが、バナメイエビを車海老と偽装するとか、国産牛を和牛と偽装するとか、それは食品表示の制度に問題があって発生したわけじゃなく、ただの確信犯的な「詐欺」なので、問題の本質は別だと思います。

 まあ、レベルの低い食品偽装をする輩がいるから、余計な疑いまで持たれてしまったわけなので、しっかりしなければならないのは食品業界だと思います。

 ただ、一部の報道に、「偽装なんて業界では当たり前」なんてのがありましたが、あれは少し偏った報道だと思います。
 ほとんどの人は、偽装は「悪」だとわかってますし、そんなことをしようなんて思っていません。

 確かに、業者や料理人が悪質な偽装をすることは、業界内では珍しくない話なのは残念ながら事実です。

 しかし、だからといって、偽装するのは業界の常識ではありません。
 それは、例えば、万引きをする高校生のことがたびたびニュースになったからといって、イコール「高校生の間では万引きなんて常識」というわけではないのと同じです。

 話を戻すと、サーモントラウトを使ったからと言って、「鮭」定食はおかしいとか、それについては、どうでもいいんじゃない?という気がします。

 このことが話題になった時、はじめ行政側は、サーモントラウト使っていながら「鮭弁当」や「鮭定食」と表示するのは不当表示だという見解を出しましたが、それに食品業界が猛反発すると、結局、「優良誤認(品質の劣るものを上質のものと見せかける行為)」にあたる意図でなければ不当表示ではない、と、後から見解を翻しました。

 これは、行政が食品業界の現状に配慮したというより、行政側がサーモンと鮭の違いをよくわかってなかっただけなんですよね。

 飲食業界や弁当業界がサーモントラウトをよく使うのは、価格面もありますが、サーモンは養殖に成功していて、しかも鮭類は冷凍に強い食材なので(品質がそれほど劣化しない)、扱いやすく、年間を通して安定供給できるからです。それを「鮭」と書くのは、消費者にとってわかりやすい表現をしただけであって、必ずしも、下級品を上級品に見せかけるわけではないことがわかったからです。

 行政が、ろくに下調べをせずに指摘して明るみに出したせいで、消費者の不信を無駄に煽ったようなものです。

 ブロイラーの鶏を「地鶏」といって売るような、悪質な偽装は取り締まるべきですが、鮭なのか鱒なのかの問題については、消費者にとってそんなに重要なことなのではないように思います。
 こんなことに、税金を無駄に費やしてほしくないですね…

 


 →雑学indexへ