長崎名物・トルコライス

 長崎のご当地洋食として有名な「トルコライス」。
 ピラフ・ナポリタン・豚カツの三種類を盛り合わせたボリュームのある料理で、一つのお皿にメイン級の料理が三種類も盛り合わせてあることから、「大人のお子様ランチ」と呼ばれることもあります。また、ピラフはドライカレーやチャーハンであることもあり、必ずしも決まった定義があるわけではなく、店によって様々バリエーションがあります。

●長崎トルコライスの発祥

 トルコライスの発祥については、元祖を名乗る店が複数あるらしく、はっきりしていません。
 そもそも、「トルコ」といいながら、トルコにはこのような料理は存在せず、何よりイスラム教徒の多いトルコでは豚肉は食べないので、豚カツが乗ることは絶対にありえないのです。
 以前、長崎市がトルコと親善のためにトルコライスを紹介したところ、トルコからは相当抵抗を受けたそうです。

 トルコライスの起源についてのメジャーな説としては、「ピラフ」自体がもともとトルコ料理なので、ピラフをベースにして、肉がトッピングとして加わり、その付け合わせとしてスパゲッティが乗せられて、自然発生的に今の形になったというもの。
 次に、長崎のレストラン「ビストロ・ボルドー」のシェフが、神戸の将校クラブで学んだ「トルコ風ライス」(サフランを使ったピラフ)をベースに、サフランの代わりにカレー粉を使用し、具がないのが寂しいので豚カツやスパゲッティを盛り込んで今の形になった、というもの。(それを最初にメニューとして出したのは、長崎の丸善レストランに勤められていた時だそうです)
 次に、黄色いサフランライスがインド、スパゲッティをイタリアを指し、それを豚カツが架け橋となって繋いでいるので、その二国の地理的な間をとって「トルコ」と名付けたというもの。
 次に、ピラフ・スパゲッティ・豚カツの三種類をトリコロールカラーになぞらえて「トリコロール・ライス」と呼んでいたのが「トルコ」に訛った、というもの。
 その他にも色々ありますが、どれが一番真相に近い、というような定説的なものはないようですね。

 ですが、ここで真相をどれかと決めるなら、「ビストロ・ボルドー」説が最も有力、というか、おそらく間違いないのではないか?と思います。
 その理由を、洋食の歴史から紐解いて説明していきます。

●フランス料理のトルコライス

 日本の洋食の原点は、明治維新以降に流入した西洋料理がルーツです。また、当時西洋料理と言えば、フランス料理が世界のスタンダードだったので、日本人コックはフランス料理を中心に学び、多くの西洋料理店がフランス料理を看板に掲げました。
 ただ、皇室や日本海軍はイギリスをお手本にしたり、その頃日本に住んでいた西洋人で最も人口が多かったのはイギリス人だったので、多分にイギリス風ではありましたが、そうした西洋料理が、そのまま日本に定着したり、時に日本風にアレンジされたりしながら発展したものが、日本の洋食です。

 トルコライスは「トルコ」と称しながらも、トルコにそのような料理がないことと、日本の洋食界がトルコ料理の影響を直接的に受けたような記録がほとんど見られないため、これもやはりフランス料理を原点とする洋食の一つではないかと推測するのが妥当でしょう。
 そこで、フランス料理に起源を辿ってみると、昔のフランス料理の料理書には、トルコ風ライスの記述がちゃんとあります。
 フ
ランス料理のピラフは、"Riz pilaf"(リ・ピラフ)または"Riz pilaw"(リ・ピロウ)と言い、"Riz"がライスを意味し、"pilaf"、"pilaw"自体はトルコ語の"pilav"が訛ったものです。フランスでは、肉や魚料理に添える付け合わせなどでよく使用されます。
 フランス料理界の帝王と言われたオーギュスト・エスコフィエ(1846〜1935)が書いた料理書"Le guide culinaire"には、"Riz"(米料理)の項に、"Riz à la Turque"(トルコ風の米)という料理があり、作り方は、サフランを入れてピラフを炊き、仕上げにトマトソースを加える、とあります。
 また、日本でも屈指の老舗洋食店「築地精養軒」の料理長を務めた鈴本敏雄氏が、大正九年に発行した料理書『仏蘭西料理献立書及調理法解説』にも、"Riz"の項に、"Riz à la Turque"があり、これはサフランと干しブドウを入れて炊いたバターライスです。
 また、戦前に「華族会館」の料理長などを務めた深澤侑史氏(1894〜1962)が1958年に発行した『西洋料理』にも、"Riz"の項に"Riz à la Turque"があり、こちらはサフランとトマトを加えたピラフで、エスコフィエの作り方に近いですが、トマトは入れなくとも良い、とも書かれ、されにここには定義の説明もあり、サフランを加えた米飯はトルコ風となる、と記述されています。また、トマトを入れる場合も、分量はそれほど多くないので、サフランと一緒に炊き上げると黄色く仕上がる、ということまで書かれています。

 これらの料理書の記載の共通点から考えると、どうやらサフランで炊き上げたピラフが、日本の洋食界でも古くから「トルコ風ライス」として知られていたようです。

●トルコの米料理

 では、本場トルコの米料理はどうなのか、というと、サフランで炊いたピラフもありますが、もう一つトルコライスとの関係を感じさせる興味深い料理が「ビリヤニ」です。
 ビリヤニは、東南アジアからインド、中東にかけてよく作られる米料理で、地域によって作り方は異なり、東南アジアやインドではカレーの味付けをした米料理ですが、トルコ含めた中東のビリヤニは、どうやらサフランで炊き、干しブドウなどを加えることがよくあるようです。

 トルコのビリヤニがどれくらい昔からあって、これらの料理がどうフランス料理に影響を与えたかはわかりませんが、中東とサフランには深い関係があります。サフランというスパイスは、今も昔も高級食材の一つですが、中東のイランはサフランの名産地であり、トルコには、サフラン業で栄えた「サフランボル」という有名な街があるほどです。
 このように、ピラフだけでなく、トルコにはサフランを使った料理が多かったので、サフランで黄色く色づけされた米料理を「トルコ風」と呼ばれるようになったのかも知れません。

●トルコライスの起源の真相

 トルコのサフランを使った米料理、そして日本の洋食のベースとなったフランス料理書の記述などを総合すると、サフランで炊いたピラフをトルコライスの原点と考えるのが、最も自然だと考えます。
 そうなると、長崎の「ビストロ・ボルドー」のシェフが、神戸の外人将校クラブで学んだトルコ風ライスをアレンジして作った料理、というのが、おそらく真相でしょう。外人クラブは士官クラスと下士官クラスと分かれているので、将校クラブとなれば、出していた料理は、フランス料理をはじめとする高級な西洋料理だったことでしょう。なので、そこでフランス料理のトルコ風ライスを学んだ可能性は、無理なく結びつきます。
 単純にピラフがトルコ料理だから、というのでは説明が不足過ぎで、インドとイタリアの中間だとか、三色のトリコロールというのは、おそらく完全な後付けでしょう。

 サフランで炊いたフランス式のトルコ風ピラフを原点として、見た目のイメージを保ちながらも一般受けする味付にするためにドライカレーに変えたり、チャーハンに変化したり、ご飯だけでは物足りないので色々なものが盛り合わされて、現在の長崎名物・トルコライスになったのでしょう。

●その他のトルコライス

 ですが、トルコライス談義はこれだけにはとどまりません。
 長崎のトルコライス以外にも、日本には別のスタイルのトルコライスがあります。
 有名なのが大阪のトルコライスで、これはオムライスに一口カツを乗せ、ドミグラスソースをかけたもの。これは、大阪のレストラン「イスタンブール」が起源と言われ、長崎のトルコライスとは直接関係なく、関西ではこのスタイルの「トルコライス」を出すレストランがたまにあり、京都の老舗洋食店「のらくろ」でも提供されています。

 また、戦前〜戦後にかけての日本の西洋料理の集大成といえる料理書、『荒田西洋料理』(1964年発行)には、"timbale de riz turque"という料理が掲載されています。作り方は、トマトソースとハムを混ぜたご飯を丼に盛り、豚の一口カツを乗せ、そこにドミグラスソースとカレーソースをかける、という、長崎や関西のトルコライスとは異なる料理ですが、説明には「これはトルコ・ライスと称し、大衆向きの安価なライス料理である」と書かれています。
 このことから、今では長崎のトルコライスが飛び抜けて有名ですが、日本全国に洋食屋さんがたくさんあった時代には、色々なスタイルの「トルコライス」があったのでしょう。 

 

 
 


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