衰退する百貨店に必要な努力

 先日、山形県の老舗百貨店が倒産したことがニュースになりました。
 今や、百貨店の衰退に歯止めがきかないようですが、そこには景気の問題や、人々のお金の使い方・買い方の変化もあるけれど、百貨店の努力が足りてるとも思えません。

 努力が一番足りてないと思う点は、価値を伝える・見せる努力をしていない、ということです。

 百貨店といえば、高級品や上質な品が並ぶ、豊かな人々が利用する店の象徴のような存在です。
 かつて庶民にとっては、百貨店で買い物をすること自体がひとつの娯楽であり、憧れでもあったと思います。

 昔から「モノ消費よりコト消費」なんて言葉がありますが、生活必需品を超えた領域では、いつの時代も体験価値にこそ価値の本質があります。
 かつては百貨店の中を歩くだけでも「コト」としての体験価値があったのでしょう。

 でも、今の百貨店は、どのような体験価値を提供しているのか??
 今は百貨店内を歩くだけでは価値にはならないので、
重要なのは、百貨店で買うことの価値や意義を、もっと作って、伝えていくことではないでしょうか。

 マーケティングの原理原則として、百貨店はターゲットの設定が間違っていると思う。
 魚のいない池にいくら上等な釣り道具とエサを用意したって釣れません。
 百貨店は、人口調査や世代ごとの収入調査やカルチャーの傾向をきちんとやってるのだろうか。

 ここで、百貨店の本来の主力商品である「服」の中から、いくら減っているとはいえ、多少はお金をかけて購入される可能性の高い「スーツ」の売り方について考えてみます。

 百貨店でスーツを売るためのポイントは、スーツのことを知らない素人だと思う。
 スーツだけでなく、ビジネスカジュアルの着こなしに悩んでいる素人。

 百貨店にしてみれば、そんな層は相手にしていない、欲しい層じゃない、と思っているかも知れない。
 でも、新規客を開拓したいなら、そこでしょう!?

 何故なら、スーツのことを熟知している人は、買う店・贔屓の店がもう決まっています。
 個人の腕の立つテーラーとすでにつながっているような人を奪うのは至難でしょう。

 だからこそ、素人に足を運ばせる努力をせずして、どうやって顧客を増やせるというのでしょうか。

 そして、そういった層にアピールしていくためには、スーツやビジネスカジュアルの着こなしに関する独立したサイトを開設し、Youtubeでオーダースーツの買い方や、各ブランドの特長などをブランド横割りで紹介する、といった工夫なんかをすべきだと思います。

 貧乏人を相手にしろと言っているわけじゃありません。
 日本では、収入のわりに安スーツを来ているサラリーマンは山ほどいます。
 それも、決して明確な信念があってスーツにお金をかけていないわけじゃなく、高級なスーツと安いスーツでは何が違うかとか、スーツをオーダーメイドにすると何が出来て、どう変わるのかとか、それを知らないだけって人が大半だと思います。

 
スーツなんて、仕事着・ユニフォームだと割り切っている人が多い日本で、高いスーツを売るには、スーツの知識がない人、高級スーツなんて意識していなかった人に、買いたいと思わせる努力、そして敷居を低くする努力、そこが重要だと思うのです。

 敷居を低くするというのは、安くしろと言っているのではありません。
 
お金はあるけれども、スーツに楽しめる要素があることを知らない人に、それを知ってもらうのです。

 ターゲッティングのポイントとして、まずはそうした認識に立つことがはじまりです。

 次に、今の人口構成において、資産を持つ層は高齢化し、もはや大量な消費は生みません。
 新規顧客を開拓しようと思ったら、必然的に若い世代の顧客を増やさなければならないのです。

 しかし、若い人にはスーツの知識も百貨店への馴染みもありません。
 昔なら、富裕層の家庭では子供が成人すると百貨店に連れてスーツを仕立て、そこでスーツのなんたるかを学び、百貨店の馴染みになっていったのかも知れませんが、今はお金があってもそうした家族行動を取る家庭自体は少数になり、そんな時代ではありません。

 何より、スーツのオーダーメイドは、「精神的な敷居」が高すぎる。
 普通の人にとって、とっつきにくいこと甚だしい。
 そこにあるのは金額的な問題というよりむしろ、素人が恥をかくのは嫌だからと足が進まないのがほとんどだと思います。

 僕の場合、スーツはオーダーして作っていますが、決まった店に行っています。
 決して安くはない、街の個人の店ですが、信頼できるから行くわけです。
 もしかしたら百貨店のほうが安くてレベルにも差がないのかも知れないけれど、百貨店が良いのか、悪いのか、そもそも知らないし、知るすべもないし、今のところ贔屓の店で事足りてるから、あえて百貨店の売り場に寄ろうとは思わない。

 だからこそ百貨店は、自分たちがどんなスーツを売っているのか、どんなことが出来るのかを、簡単にわかってもらえるよう意識的に努力すべきなのです。

 スーツの正しい着こなしを知ってますか?
 生地が違うとこんなにも違うってご存知ですか?
 量販店のスーツとオーダーしたスーツではこれだけの違いがあります。
 生地が豊富なのはもちろん、ボタンや裏地の種類もこんなにあります。
 腕の良いベテランフィッターがいます。
 スーツは堅苦しいばかりじゃなく、軽くすっきりしたこんな型も用意してます。
 ジャケパンスタイル向けの、ジャケットだけでもオーダー出来ます。

 そんなことを全力アピールしないと、百貨店なんて、地味でとっつきにくくて高いだけの店に過ぎません。

 よく、百貨店の店員は上から目線だとか言われるように、わかってる客だけを相手にしているみたいな、そういう意識から変えないといけない。
 むしろ、素人客を積極的に取り込んで自分たちが玄人に育て上げる、くらいの意気込みでやってこそ、太いリピーターになるんじゃないでしょうか。
 もっともそれは、店内で声をかける、という意味ではありません。
 むしろそれをすると素人は逃げてしまいますから。

 重要なのは、売り場やホームページ、SNSを使った工夫です。

 今の時代これだけYoutubeはじめ動画が盛んなのに、百貨店もそうですが、オーダースーツの専門店ですら、買い方を丁寧に説明している動画はほとんどありません。
 あったとしても、その魅力を十分に説明できているとは全くもって言えないし、手順説明も丁寧ではなく、敷居が全然低くなっていない。

 そして何より、値段が不明すぎる。
 ○○円〜と書かれてはいても、こんなの値段のない寿司屋と一緒だ。
 どういうレベルだといくらで、何がどうなればいくらになるのかを、もっと積極的に開示すべきなのに、それをしないから余計に避けられてしまう。
 魚は時価なので多少やむを得ない部分があったとしても、オーダースーツは時価ではない。
 何百種類とある生地、ボタン一個、袖のボタンのステッチの色をどうするのかといった細部の仕立てに至るまで、全て値段は決まっていて、日によって相場変動したりしない。なのに、値段表をわかりやすく開示していない。
 これは百貨店に限らず、ほとんどの店がそうだ。

 確かに無数にある生地のバンチブックの一枚一枚に値札をはるのは大変でしょう。
 けど、番号ごとの値段一覧表を作るくらいはできるはずだ。
 これっていくらですか? といちいち聞かないといけないのは面倒だし、値段を聞いてやめにするのも格好悪い。
 とにかく買う側にとって値段がわかりにくくていいことなんて何一つない。

 車でもパソコンでも、スペックの説明・理解がなく、価格も開示せずに高い機種なんて売れません。

 もし百貨店が「値段を気にするような客は相手にしていない」と思ってとしたら、あほだとしか言いようがない。
 値段を気にするのは、お金がないからじゃない。
 価値と金額とのバランスが分からない、ということが大きい。
 そしてその価値観は、人によって違う。
 これなら20万円でも十分価値があると思うのか、これじゃ5万でも出したくない、と思うかは人ぞれぞれで、価値も分からずいくらふっかけられるか分からないまま、そう易々と足を踏み入れられるもんじゃない。

 こんな営業姿勢でスーツが売れなくなったとか嘆かれても、営業努力が足りなさ過ぎるとしか言いようがない。

 そして何より、オーダースーツは、生地を選んだり、ディティールを選んだり、購入にかかわる一連のやり取り自体が実はめちゃくちゃ楽しく、それそのものが体験価値の高い、一種のアミューズメント性を持った、まさに「コト消費」にふさわしい商品だと思うのです。
 それを伝えるにうってつけは「動画」ですが、youtubeに力をいれてる百貨店なんてないですよね。

 「モノ」的情報だけでなく、トータルでの価値を伝えようとしなければ、金額に見合った価値なんて感じられないでしょう。

 僕はスーツやジャケットをオーダーしたことが何度もあるので、オーダーメードのスーツの楽しさを知っています。
 
バンチブックを眺めているだけでも楽しいし、ボタンや裏地をどれにするか、迷って悩むのも楽しい。
 そうして、自分好みに出来上がったスーツだからこそ、着ていて嬉しくなる。
 スーツのオーダーは量販店より絶対高くなるけれど、ある意味、そうした楽しみにお金を払っている部分があるのです。

 逆に言うと、その部分をよりアミューズメント化して楽しめるようにして価値を高め、それをアピールすることが、スーツを売れるようにするための重要なカギだと思えるのです。

 タリア・デルフィノがどんな生地であるか、御幸毛織がどれだけこだわりをもった優れたメーカーであるのか、何故それを熱く語ったり、バンチブックを一枚一枚めくって紹介する動画の一つも作らないのか。
 よくオーダースーツの専門店がブログなどで「ドラゴとカノニコの新作生地が入荷しました!」なんてアップされたりしてますが、バンチブックの表紙の画像をはられたところで、知らない人にはなんのこっちゃですよ。
 なぜそんな値段の違いが生じるのかもわからないのに、80,000円〜とだけ書かれたって、新規客が増えるわけがない。

 オーダースーツに関しては、百貨店ほうがよっぽど素人に対して敷居が低い宣伝ができるはずです。
 街の個人のテーラーの扉を開く方がよっぽど勇気が要ります。
 その点、百貨店は気軽に通りがかって、目に付きやすい場所にあるのに、なぜ、その強みを活かした売り場の工夫をしないのか。

 本気で新規客を増やしたいと思っているのか、オーダースーツの魅力を伝えたいと思っているのかと、百貨店の社長に小一時間問い詰めたい。

 そうした努力もせずに、「スーツを着ない会社が増えた」と、時代のせいにして嘆いているのを見ていると、そんな業界、衰退すべくして衰退しているだけだとしか思えない。

 確かに、最近ではスーツを着用しない企業は増えたかもしれない。
 けれど、街を見る限り、スーツ人口はまだまだ多いし、ビジネスカジュアルなら、それに合ったテーラードジャケットを提案すればいい。
 ネットを見ていると、会社の服装のルールが変わって、ビジネスカジュアルの着こなしに悩んでいる人はめちゃくちゃ多い。
 そうなればこそ、ビジネスカジュアルのほうが、スーツよりもよっぽど選択の幅が広いし、埋もれたニーズがあるように思う。

 スーツではなく、まずはジャケットだけでも作ってみませんか? と、それも、仕事用とは限らず、カジュアルにも着こなせるジャケパンスタイルの提案として、シンプルな生地に洒落たナットボタン、そこにタートルネックのニットを組み合わせたコーデとかを全面に見せたっていいじゃないか。

 革製品も同じです。
 ブランドごとの特長を、もっと店としてアピールすべきだと思う。
 特にメンズの日本製となると、品揃えは百貨店が一番です。
 革製品はどこにいってもあまり値引かないので、百貨店が割高ということもないから、百貨店で買う客はもっと増やせるはず。
 僕はCYPRISとYUHAKUの財布(両方とも日本のブランド)を愛用していますが、YUHAKUの財布を選べるほどの種類を置いている店なんて百貨店くらいです。これって、すごい強味だと思うんですけどねえ…

 けれど、売り場をもっと工夫すべきですよね。
 例えば、日本企業を応援することを明確なコンセプトとして表明し、日本のメーカーの革製品だけエリアを区分けて、しかもそこだけ内装もディスプレイ棚も変えて、それぞれのメーカーのこだわりや特色をポップや冊子でPRし、専門の説明スタッフを配置したり。

 そうした、売り方・売り場への情熱を全く感じない現状で、単純に景気や消費者の購買嗜好の変化だけで百貨店の衰退を必然のように語るのはどうかと思います。

 今の日本の経済状況では、どんなに工夫したところで、バブル時代のように高級品がバカ売れすることはないと思います。
 けれど、扱ってる商品に魅力はあり、どこかで買っている人はまだまだ沢山いるんだから、どこも好立地にある百貨店なら、今より売れる工夫の余地はいくらでもあると思います。

 そのポイントは、YoutubeやSNSですよ。
 ブランドの高い企業は往々にして、そういうのを積極的に使うのは品格が下がると思っているのか、そうしたチャンネルに対しては及び腰ですが、時代は完全に変わっていますよ。
 むしろ、そうしたものを時代の変化として受け入れようとしないから、トレンドから取り残されるんだと思います。
 本来、ファッションを扱う店というのは、トレンドやカルチャーの最先端でなければならないずなのに、過去のトレンドそのものが、いつしかその企業のスタイルになってしまい、保守的で時代遅れになってしまうのはよくある話です。
 しかし、もう一度繁栄を取り戻したいなら、今のスタイルにこだわるのではなく、「今あるべき最先端の文化」という本質から再定義し、売り方を見直すことで、売り場価値がもっと生まれていくと思います。
 

 

 


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