飲食業界はなぜブラックかE 業界を変えるために必要なこと

 飲食業界がなぜブラックなのかについて長々と書き綴りましたが、飲食業がブラック産業から脱出するための対策について思う所を書きます。

 @最低週に一回定休日を作る
 A客に媚びない
 B洗脳教育を弾劾する

 この3つが、飲食業界をまともな業界にするために必要なことだと思います。

 まず、@の定休日。
 これについては、ヨーロッパのように法規制しても良いのでは?
 と思うくらいです。

 だいたい日本の飲食市場は過当競争をし過ぎです。こんなにも飲食店は要りません。
 だから、定休日を設けることによって潰れるような飲食店は、潰れて良いと思います。
 公正で健全な市場形成のためにも。

 この問題は、個人店ではなく、チェーン店など大手の飲食店で発生している問題でしょう。
 個人のラーメン屋なら、店主が熱を出したら臨時休業します。人手が足りなければ、営業を休んだり営業時間を早めることもあります。先日、とあるラーメン屋の前を通りかかると、「本日、人員不足のため休業します」という張り紙が出ていました。
 
 しかし、チェーン店では、そういうわけにはいきません。
 人が足りなければ、熱が出ていようとも、7連勤していても出勤しなくてはならなかったりします。

 これが、労働環境を悪化させる最大の原因です。

 そうした問題を解決するには、週一の定休日を設けるしかありません。
 週一回定休日というのは、法定休日数を意味します。
 これは、日本人の労働者に保証されている休日数だからです。

 ただ、本質的には、チェーン店であっても、営業出来る状態でないのなら、一時閉店すべきなのです。
 
もちろん売上は落ちるし、お客さんから苦情が来るかも知れません。
 でも、そんなのは個人店でも同じこと。
 けれど、熱が出たものはどうしようもない。それが店長だろうと、社員だろうと。
 なのに、チェーン店では、店を休まず営業することが至上命令として最優先される。
 その前提がおかしいのです。
 
現実には、電線に鳥がフンを落としたせいで停電になって営業停止することだってあるくらいなのに。

 つい先日、神戸の某ファミレスで、「本日、従業員が一人しかいません。そのため、ご案内、オーダー、料理全てに時間がかかる可能性がございます」という張り紙が出されていたことがニュースになっていました。
 それに対する反応の大半が、「店を閉めろよ」というものでした。

 もちろん、頻繁に従業員が病欠して一時閉店ばかりしていたなら経営が成り立ちませんが、そこまできたら話は別、と割り切るべきです。
 そんなの、飲食に限らず、メーカーだろうと、銀行だろうと、従業員の基本的な勤務態度の問題であり、そこまで考えていたらキリがありません。

 ともかく、人が足りないと休まず出勤し続けなければならない状況に追い込まれるのが飲食店の社員です。
 それを回避するには定休日を設けるのが最も確実です。
 だから、そこを法律で、小売店は、たとえ交代制にしようが何だろうが、法定休日数(一か月の日曜日の数)は定休日がなければならない、と規制すれば、世の中は変わり、飲食業の労働環境は、劇的に改善されると思います。

 ただ、個人経営の小さな店などでは、休みを強要されることで売上が不足し、逆に生活できなくなっては困ります。
 なので、規制の対象となるのは、一定の規模以上の飲食企業、とすれば、現実性が少しは増すでしょう。
 そもそも個人商店では店主の自由で店を休めるので…

 もっとも、政界や官僚に進むような人間は、飲食業界なんて見下している人間も多そうなので、飲食業界のことをそこまで考えてくれる人はいない気がするので、法で規制してくれる日は永遠に来ないかも知れません。

 ですが、定休日を設定するだけなら、経営者自身で決められることです。
 いきなり全店に定休日を作るのはさすがに厳しいですが、せめて一部の店だけでも実験的に実施するような、志の高い経営者は出てこないものなのか??

 チェーン店で定休日なんて…と思うかもしれませんが、アメリカでベスト5に入るファーストフードチェーン、Chick-fil-A社は、なんと毎週日曜日が定休日です。
 それで高収益を維持しているんだから、たいしたもの……というか、最初からそれを前提に収支を組んでいるから可能なだけのこと。

 そもそも、一般的な飲食店では定休日があって当たり前だし、特に最近では、営業時間が短かったり、週休2日の人気ラーメン屋とかが増えています。
 京都の「佰食屋」というステーキ丼の専門店が、昼しか営業せず、超ホワイトな労働環境だとしてニュースにもなったりしましたが、飲食店で短時間営業や定休日というもの自体は、特殊なことでもなんでもないのです。

 最近コンビニの元旦休業のことが話題になり、元旦にアルバイトが集まらないことについて、「店長とバイトで信頼関係が構築されていたら人は集まる」とコメントをしている人がいますが、論点がズレてる、と言いたい。

 元旦に人を集められるかどうかの話だけならその通りだと言えるけど、ことの本質は、店長が努力しなければ休めない、という前提自体に問題がある、ということです。

 営業の仕事で、ノルマを達成できなかったら休まず顧客回りにいけ、と言われたらどうでしょう?
 ちゃんとノルマを達成できてる社員もいる。達成できないのはその個人の問題だ、と言われたら、その部分は確かにそうだけれど、個人の能力が足りなければ休めなくなる、という状況が発生すること自体がおかしいでしょう?

 なのに、飲食チェーンやコンビニでは、店長の技量次第で、休めたり休めなかったりする。
 その前提自体が、もはや時代遅れなのです。

 だいたい、飲食に良い人材が集まらなかったり、サービスの質が悪くなったりする原因は、ほとんど労働環境の悪さに集約されます。
 過酷な長時間労働や、休みの見えない毎日によって、心が折れたり荒んでしまっているため、働く姿が魅力的にも見えないことも原因の一つです。

 ここの改善にこそ、他と一線を画した企業になれるチャンスがあるのに、何故手をつけないのでしょうね。
 飲食業界の職場環境向上のためにも、こうした考えを持った経営者が、一人でも現れれば良いのに…と思います。

 Aは、業界というよりも「お客さん」という、外の人間がからむことなので、少し難しいかも知れませんが、飲食業界側のスタンスとして明確なムーブメントを起こしていくべきだと思います。

 「お客様は神様です」などという言葉が広まってしまうような日本で、お客さんの善意によって改善されることを求めても、なかなか実現しないでしょう。

 だから、この問題を解決するには、飲食業界全体が、「客に媚びない、お客様は神様じゃない」という認識を共有し、飲食業の労働環境や精神衛生上の障害となるような、無償の奉仕精神を掲げるようなサービス、人的なコストを考慮しない価格のあり方を見直すべきなのです。

 洗脳教育や無休営業による「神サービス」や、どう考えてもギリギリすぎる人件費構成で価格設定をする飲食店経営者がいれば、それを弾劾し、「従業員とお客さんとの関係はあくまで対等」という基本認識のもと、サービス・労働に見合った対価の得られる価格・市場形成を、業界全体で目指すべきです。

 本人がいくら「自己実現のため」「ホスピタリティ」「納得してやってる」などと嘯いたとしても、無理難題・傍若無人なことでも自分を殺してサービスしたり、長時間労働していたり、休まず働いている事実があれば、それは独占禁止法における不当廉売と同じで、「人権無視・労働基準法違反で経営している店を認めていいのか!健全な市場形成・文化社会を破壊している!」と弾劾すべきなのです。 

 そもそも、「お客様は神様」的な思考のお客さんによって、従業員が病んだり、休みを潰されたり残業が発生するというのは、飲食に限らず、多くの業界でよくある話のようです。
 
富裕層がメイン顧客である百貨店や老舗ホテルですら、横暴なお客さんの要望に苦しめられる話は、ネットでもいくらでも出てくる話です。

 ただ、これって、飲食業界の内部の人間からはなかなか難しいことなのです。
 飲食で働いている人間が、声を高らかに「客は神様じゃない!」なんて言いまくってたら、「こいつ、客商売に向いてないな」と思われてしまう。
 「どんなに大変でも、お客さんが喜んでさえくれたら、それが一番の悦びです」なんて嘯く奴が、「素晴らしい人材だ」なんて言われる業界です。

 それだけに、これは社会全体で「客」意識を変えていくことが必要であり、そのためにも、まずは一つひとつの店から、そしてお客さんの側からも、従業員と顧客との関係を対等にする意識を強く持っていくべきなのです。

 最近では「カスタマーハラスメント」という言葉もにわかに注目されています。
 「パワハラ、セクハラは許しません!」という標語のように、「当社はカスタマーハラスメントに対して厳格に対応いたします」という宣言をしてもいいと思うんですが。
 そんなことをしたら「殿様経営だ」「客商売に向いてない」といって非難されるでしょうか?
 いや、これからの時代は、そういう経営姿勢を持った企業にこそ人材が集まり、結果的に評価されていくと思います。

 そのためのポイントは、クレーム分析をもっと丁寧にやることでしょう。
 労働環境ばかりを優先してサービスや商品の価値の根本を見失っては本末転倒です。
 だから、決して何もかも店優先、というわけではなく、顧客の要望やクレームに対しては、問題の本質を「事実に基づいて」徹底分析し、明らかに店の「技術的落ち度」の場合はきちんと謝罪し、改善する努力は惜しまないようにする。
 一方、価格に対して過度な要求だったり、不可避な事実に基づくものであった場合は、敢然とした対応をするようにすることです。

 もっとも、こうしたことは、メーカーなどでは当然の対応なんですよね……
 故障やトラブルが生じたら、必ず、それが製品固有の問題なのか、顧客の使用上の問題なのかは明確にして対応するし、過度な要求には有償となるのが常識です。
 しかし飲食では、少しでも店に落ち度があれば、全面的に謝らなければならない風潮が強くあります。
 やはりこのへんも、飲食業界だけが「丁稚奉公」的慣習から抜け出せていない、時代遅れなように思います。

 この分別をきちんとしていくことが、これからはより重要になってくると思います。

 Bの「洗脳教育の弾劾」については、飲食関係者はもちろん、社会全体で、洗脳教育を批判し、弾劾することです。

 洗脳教育は、してる人間がもちろん一番問題なのですが、やってる本人は正しいと思ってやってるので、それを自己改善させるのは難しいでしょう。

 多くの飲食マンは、その洗脳力を、高いリーダーシップとコミュニケーションスキルの証だと思ってるからです。
 むしろ確信犯的に、そうすることで高い生産性(?)を確保しようとする、まさに「やりがい搾取」を狙っている経営者も少なくありません。

 過労死事件が問題になった某居酒屋チェーンのように、洗脳教育に染まった飲食マンは、365日24時間無休で働き続けたとしても、それを「自分の夢の実現」「成長につながっている」と信じてやみません。
 人が一日8時間しか働かないところを24時間働けば、3倍早く夢に近づけると信じこまされているからです。
 そして「お客様からのありがとう」があれば、それこそが至上の報酬であり、対価などは考えないのが崇高な意識のように刷り込まされる。

 はっきりいってそんなことをしても、3倍早く命を縮め、一般社会の常識から遠ざかり、人間が壊れるだけです。
 
仕事は8時間にし、8時間は仕事以外の人生や社会に目を向け、残り8時間は体を休めるのが、健全な人間のあり方です。
 そして、労働した分はきちんと対価を受け取る。当然のことです。

 だから、飲食に従事ししてる人はもちろん、社会全体が、長時間労働を正当化するような洗脳教育をする経営者や上司・親方を徹底批判し、反社会的行為として社会認知させていくことが必要だと思います。

 ただ僕は、長時間労働が必ずしも悪いと思っているわけではありません。
 他人に強要されたわけでも、「やりがい搾取」で刷り込まれたわけでもなく、本人の自主的な意思によって長時間働くことは、何らおかしいことではないと思うからです。

 「仕事」というと微妙に思われるかも知れませんが、例えば音楽だったり、スポーツだったり、夢に向かって、時間を忘れて練習に夢中になったり、四六時中そのことばかり考えていたとしても、それはそれで間違ったことではなく、むしろ健全なことだと思うからです。 

 もっとも、それを肯定するから、志の高い人なら時間を忘れて没頭するものだといって、定時で帰ろうとしたりすると、「やる気のない扱い」をしたり、「成功者はみんなそうしている」といって、長時間労働を刷り込んでいく「やりがい搾取」が生まれる温床になってしまうので、難しいことであるのは承知しています。

 元旦営業の本質も似ていて、世間が休みでも売上を獲りにいこうという考えを立派な営業精神だとか言ったりするからおかしくなる。
 個人商店ならそれでいいけど、チェーン店の組織でそれをやると、そう言えない社員はやる気がない社員みたいになってしまうので、それが強制労働を生む温床になってしまいます。
 だからこそ、無理矢理にでも定休日を作らないといけないのです。

 しかしそこの問題は、「経営者のモラル」のただ一点に集約される思います。

 フランスのレストランには、よく「スタジエ」と言って、自分自身の勉強のために、無給で働いている人がいます。
 フランスでは、そうした「スタジエ」たちは、長時間働ていることが多いそうですが、店からは一切指示命令がなく、自由に仕事を学べるそうです。

 働いても、働かなくても、本人の自由。つまり、100%自由意志なのです。
 
さぼっていても、いい加減にしていても、誰にも文句は言われないそうです。
 だから、あくまでも自分の意志で、仕事を一日も早く覚えたいという人だけが長時間働きます。

 一方、正式に給料を貰う立場になると、途端に時間ピッタリで帰るようになり、ほとんど残業はしないそうです。
 このへんの割り切りが明確だから、成り立つのでしょうね。
 従業員はあくまで契約に基づいて仕事をし、オーナーもそれ以上のことは求めないそうです。

 一方、オーナーシェフは、早朝から市場に行って食材を見て、店に戻ったら夜の営業が終わるまで、ずっと店にいるそうです。
 それは、オーナーが自分の店を良くするために働くことは自分の意志として当然のことであり、誰に強制されてやっているわけでもなく、だからこそミシュランの星を獲得したレストランのオーナーシェフなどは、フランスでは非常に尊敬されるそうです。
 (ただ、別の意味で、ミシュランの星を取ってしまうと、それを落とし無くないがために自分から追い込まれていく人が少なくないそうですが…)

 このように、フランスでは個々の利害関係が明確で、そこには他人による強制や、洗脳教育によるサービス労働への誘導などは、一切ありません。

 それが日本では、人件費が発生しなかったら、逆に変に気を遣って、もう帰っていいよ、そんなに頑張らなくていよ、と言い、逆に月給制になると、「給料払ってるんだから」とか、「ここが学校ならお前がお金を払うところを、お前の勉強に給料を出してやってるんだから有難く思え」などといって、長時間労働させてこき使う人が出てきます。
 おかしな話です。

 こうした点は、海外を見習ったほうが圧倒的にまともだと思いますし、こうした考え方に意識改革することが重要だと思います。

 この3つのことを、飲食店関係者、または外食を愛する一般顧客の、一人でも多くの人が共感し、そうなるよう向かっていけば、いつか日本の飲食業界もブラックではなくなるのではないかと思います。

 飲食業界は、サービスや料理が好きで入ってくる人が多い業界です。

 それなのに、長時間労働や、理不尽なお客さんによって苦しめられて挫折する人が後を絶たず、そのせいで、志の高い人ほど去っていき、逆にポリシーのない人ばかりが残り、行き場のない人のたまり場だと言われてしまったりするのだと思います。

 だから、ブラックな職場環境さえ改善されれば、本当にサービス・料理が好きな人が、挫折せずに仕事を続け、外食文化の、ひいては日本の食文化のレベルが上昇していくのではないか、と思います。

 

 


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