そのクレーム、脅迫です


「迷惑客は神様じゃなくて犯罪者・サービス業労組がオモシロ啓発動画を公開」
というニュースがネットに出ていました。

 ⇒記事へのリンク

 これは同業者としては反応しないわけにはいかないニュースであると同時に、その動画を観て、補足も必要だと思いました。

 ⇒動画へのリンク

 この動画の客は、完全にアウトです。
 ただ、これは動画として「わかりやすく」するために、極端に過激な客を演じているため、逆に伝わり切らないのではないか?と思って、少し補足をしようと思います。

 というのも、この動画ほどあからさまに大声を出したり、物に当たって音を立てて威嚇したり、土下座を要求したり、「10万円」などという多額の金銭を要求したら、そりゃあ犯罪だとほとんどの人が思うことでしょう。

 しかし、現実の飲食店では、そこまであからさまではないけれど、実質な「脅迫」にあたる行為をする客が少なくありません。
 それも、普通のサラリーマンや、主婦が、です。
 暴れたりしていないが故に、本人は、それが「脅迫行為」だという自覚が全くないのだと思います。

 僕が実際に体験した例を紹介しましょう。

 とあるレストランでリブロースのステーキを提供したら、しばらくして、そのお客さんから呼ばれました。

「ちょっと。これ見てよ。こんなに食べられないところがあったんだけど」

 そう言われてテーブルを見ると、そのお客さんは脂身を残していました。
 五十歳前後の、身なりはごく普通の、オバサンです。

「ああ…ご満足いただけなかったようで、申し訳ございません。ですが、リブロースという肉は、ある程度脂身が入る肉でございまして…」

 そう丁重に説明すると、そのオバサンは、こちらの話など全く聞いていない様子で、

「食べられないんだけど」

 と、ただそれを繰り返しました。

 そもそもリブロースやサーロインという肉は、脂身がある程度ついてる肉です。その脂身を好む人もいるくらいです。
 もちろん、脂身があまりにも多かったら問題ですが、残されていた脂身は、リブロースとしてはごく平均的な脂身の量でした。
 ですが、一応は「お客様感情」を考慮して、最大限に丁重に、

「左様でございますか…ですが、リブロースは脂身も味わいの一つなので、どうしても赤身だけの肉を、となりますと、やはりお値段は高くなりますが、ヒレステーキなどをご注文していただかないと…」

と説明したのですが、そのオバサンは、こちらを睨みつけ、話にならない、とばかりに溜息をついて無視されました。

 そのオバサンの態度に、「ああ、これはゴネてるんだな」ということは簡単にわかりました。
 しかし、自分としては、正しい商品を提供しているのに、ゴネられたからといって折れるわけにはいかないので、その場はひとまず、最後まで低姿勢を通しつつ対応し、立ち去りました。

 ただ、そのオバサンの様子が気になったので、帰る際には自分が会計に入りました。
 すると、

「あんな料理を出しておいて、金を取る気なの?」

 そう言ってきたのです。
 
やはり、そうきたかと。

 ですが、実は僕の本心としては、そのオバサンが普通の態度だったら、「せっかくお越しいただいたのに、ご満足いただけなかったようなので」といって、それなりの値引しようかとも思っていたのでした。

 しかし、オバサンのほうから即座にそう言ってきたので、「ああ、そっちがそういうつもりならこっちも引かねえ」と思い、

「そうですね。あの商品は、そういう商品なので…」

 といって、ヒレステーキのくだりのことを、もう一度、丁重に説明しました。
 すると、

「あ、そうなの。あんな肉を出しておいて金を取るって言うんなら、この店は脂身ばかりのステーキを出す店だって、知り合いみんなに言いふらします。ネットにも書き込んで広めさせてもらいます。それでいいのね?」

 すげーなこのオバサン。
 ゆすりかよ。
完全に脅迫だろ。

 でも僕は、そんな脅しに屈して値引などする気はないので、

「どうぞ、お好きにしてください。うちは、おかしな商品は提供していないので」

 そういって、代金はしっかり全額請求しました。
 こっちが引かなかったのは予想外だったのか、そのオバサンは驚いたように目を丸くして、しぶしぶお金を払って帰っていきました。

 その態度を見て、

「ああ、このオバサンは、何か気に食わないことがあると、いつもこうやってゴネて料金を負けさせてたんだな」

 と思いました。

 実際に、そのオバサンがネットに書き込みをしたのかどうかは知りません。
 調べてもいません。

 いずれにしろ、このオバサンのやっていることは、暴れたりはしないし、土下座要求もしないし、要求する金額も小さいですが、やっていることは最初に紹介した動画の「犯罪クレーマー」と全く一緒です。
 あからさまに暴れまわるヤクザでなく、紳士的な身なり・態度でヤクザ行為をするマイルドヤクザみたいなもんですね。

 ここで僕が言いたいのは、このレベルの「犯罪クレーマー」は、予備軍も含めるとそこら中にいるんだろうな、ということです。暴れたり、過剰な金銭要求をしてないから、自分は「犯罪クレーマーじゃない」と思い込んでいるだけで。

 飲食店にしろ、物販の店にしろ、納得のいかない商品、気に食わないサービスがあったら、不愉快な気持ちになるのは当然だし、お金がもったいなく感じる気持ちもわかります。
 店に特別落ち度がなくても、注文したラーメンが不味かったら、「おい、これに700円も払うのかよ」って心の中では思ってしまいますよ。
 誰だってそうです。

 でも、そう思ったとしても、注文した以上はお金を払うのが当然だし、気持ちは不満足ですが、「もう二度とこの店には行かねえ」と考えて、それで終わりではないでしょうか?
 味が気に入らなかったから金を払わない、実質は食い逃げと同じです。

 そこに、相手に度を越えた詫びを強要したり、まして詫びまで取ろうなんて脅迫まがいのことをするのは、犯罪です。

 また、店にクレームをつけることを「教育してあげてる」とのたまう輩も少なくありませんが、はっきりいって、上から目線の叱責や脅迫まがいのクレーム100件より、たった1回でも褒めてくれたほうが、よっぽど従業員はやる気を出してサービス・調理に励むようになりますから。

 飲食や小売店の従業員を見下すのは勝手だけど、そういう人たちがいなくなったら、快適な外食も買い物もできなくなりますよ?
 志ある従業員のやる気を潰しているのは、他ならぬ「クレーマー」です。

 この動画がもっと広まり、そしてこのような啓発動画がもっと増え、こうしたことを考えてくれる人が世の中に広まっていくことを切に願います。


 

 


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