「外食の裏側」の裏側

 最近、『外食の裏側を見抜くプロが教える、安全でおいしいお店を見分ける方法とは』という本が発行されました。
http://toyokeizai.net/articles/-/48121

 久々に、酷い本を見た、と思いました。

 最初は、タイトルに興味を持ちました。
 飲食業界と言っても、自分も知らないことが沢山あるから、すごく読んでみたいと思いました。

 しかし、ネットで紹介されていた本の内容の一部を呼んで、一瞬で興味を失いました。

 「なんだこれ?素人か?」

と思ってしまったほどです。

 内容の一部を見て、こんなトンデモ本に印税協力するのがばからしかったので、結局この本を買いませんでしたが、ネットで見た内容の一部をもとに、この本がいかに酷いのかを説明していきます。

 まず、寿司屋の「イカ」の話。
 この著者によると、寿司屋のレベルはイカでわかるらしい。

 そして、表面の切り目のあるなしによって、「冷凍イカ」かどうかが判断できるとして、切り目がないのは「冷凍イカ」という理由で、ダメ出ししている。

 …が、おいおいちょっと待てよ、と言いたい。
 冷凍イカの何が問題なのか?

 一般に、冷凍した魚介類は、品質が著しく落ちる場合が多い。それは確かです。

 しかしそれは、モノによります。

 イカは、コリコリした歯ごたえを楽しみたいなら、呼子のイカのように、釣りたてを捌いて食べるのが一番です。

 イカの美味しさは、その歯ごたえこそが身上として、鮮度が一番と言う人は、確かに少なくありません。

 しかし、実はこの場合、鮮度が良すぎて、タンパク質がアミノ酸に分解していないので、旨味はあまりありません。
 それに、人によっては、その「かたさ」が嫌いな人もいます。

 イカという食材は、好みによっては、刺身にする場合でも、わざわざ冷凍したほうが美味しい場合もある食材です。
 イカは、白身魚などとは全く性質が違い、冷凍しても旨みは流出せず、むしろ旨味が増し、柔らかく、ねっとりした味わいになる特徴があるからです。
 

 むしろ、子供や女性なんかは、柔らかくて旨味のある、一度冷凍したイカの刺身を好む傾向にあります。

 いずれにしろ、どちらが好きかは個人の嗜好で、イカそのものは冷凍にも向いた食材であることのほうが、食べ物の世界では常識なのです。

http://www.zen-ika.com/ikaQA50/ikaQA-4.html
(全国いか加工業協同組合HP)

 まあ、確かに、高い値段を取る寿司屋なら、職人の個人的プライドもあるし、「冷凍は認めない」という店もあるでしょう。

 また、「切込み」については、そのひと手間によって、イカの食べやすさが違うので、きちんと仕事をする寿司屋のイカは、必ず切込みが入っています。

 しかしこれは「冷凍」とは関係ありません。イカの表面には薄皮がついているので、食べやすいように、切込みを入れているのです。

 確かに、冷凍ものは柔かくなっているから、切込みをしない店もありますが、100円寿司でも切込みを入れている店はあります。

 なので、実際のところ、切込みだけでは見分けはつきません。

 味本位で考えれば、「イカ」に関しては、冷凍物は決して悪くないし、100円寿司でなくても、冷凍イカを使っている店はむしろ多いです。

 だから、冷凍イカを使用していたらレベルが低いという理屈自体が、そもそも間違ってます。

 はっきりいって、この「外食の裏側」の著者は、「冷凍食品は安物」という、一般にありがちなステレオタイプのイメージを利用して、何も知らないシロウトの読み手を釣ってるだけ。

 こんな程度の低い内容で、回転寿司屋に対し、鬼の首を取ったかのように書いている時点で、他の内容のレベルもたかが知れています。

 まあ、この手の暴露本は、素人の無知さを利用した、「子供だまし」の要素が強いことは、今にはじまったことではありません。

 本を書くのも所詮は商売だし、真実のまま書いても、面白くなかったら売れないので、そのやり方自体は否定しませんが、これはさすがにこれはレベルが低すぎないか…?と思います。

 極めつけは、サーモン。

 「サーモンの寿司は100円も高級店も同じ。
  その理由は、どちらも100%輸入品だから」

…って、消費者をバカにするのもたいがいにしろ!と言いたい。

 これも、素人にありがちな、「国産=高級、輸入品=安物」というイメージを利用してるだけ。

 英語の「サーモン」にカテゴライズされる魚に、どれだけの種類があるか知ってるのだろうか?
 …いや、おそらく、知った上で、素人読者の無知につけこんで、素人ウケしそうな記事を書いてるのでしょう。

 そりゃ、例えば、同じチリ産のサーモントラウトなら、100円だろうと、200円だろうと、同じです。(状態は別として)
 原料が同じなら、いくらで売ろうと、質が同じなのは当たり前です。

 でも、サーモンはサーモンでも、ノルウェー産のアトランティックサーモンなら、仕入れ値が上がるから、普通は100円では売れません。

 だから、通常、回転寿司などの店では、仕入れの安いチリのサーモントラウトは「サーモン」として100円で出し、脂の乗ったアトランティックサーモンは、「とろサーモン」などとして高くする、といった値段分けをされていることもあります。

 そもそも銀座にあるような高級寿司店なら、サーモントラウト自体を使わないでしょう。

 というか、そもそも「高級店」の定義がよくわらない。

 ウン千円〜一万円を超えるようなお高い寿司屋なら、はなから、そのどちらも使ってない可能性が高く、アラスカ産のキングサーモン(和名・マスノスケ)のような高級魚を使うでしょう。

 もっとも、伝統的な江戸前寿司だと、サーモン自体扱いませんが…

 それに、100%と輸入か言いきっていますが、国産のマスノスケや銀鮭を使う寿司屋だってあります。
 何をもって100%なのか??

 ただ、「高級店は分厚く切る」などと、これまたド素人発言しているところを見ると、高級店というのは、単純に100円じゃない回転寿司のことを意味しているのかもしれません。(寿司は分厚けりゃ美味しいってもんじゃない)

 しかし、それだとしても、先に説明したように、「サーモン」とひと口に言っても多種あり、モノよって質も違うし値段も違います。

 国産にしても、三陸産の養殖銀鮭は高くないから、回転寿司で出されることもあります。

 それらのことを踏まえて、「100円と高級店も同じ」と断言する論理展開や、「100%輸入」と断言している根拠が全くわかりません。

 何が食のプロだよ。
 魚好きならシロウトでもこれくらい知ってると思います。

 確かに、飲食店に裏側は色々あります。
 全ての飲食店が清廉潔白だとは思っていません。

 でも、何も知らない素人を、いい加減な知識であおるのはいかがなものか…?

 しかも、そんなインチキな内容で、何万部も売って印税を稼いでいるのを見ると、「うまくやった」というより、もはや詐欺商法じゃないか?と言いたくなります。

 ただ、少し調べてみると、この本の意図がわかりました。
 この著者の河岸宏和という人物は、コンビニ業界の人だそうです。
 そして、どうやらこの本はじめ、この人の書く記事では、コンビニの食品を高く評価しているらしい。

 今、外食業界と、中食業界(コンビニ弁当など)は、昼食・夕食需要の取り合いで熾烈な争いをしています。

 この著者は、自分の業界を擁護するために、外食業界叩きをしているのでしょう。
 だから、本当に食品業界に詳しかったとしても、本に書いている内容は、かなりイカサマ的な内容です。

 さらに酷いことに、「中国産食材は、外食産業に流れてる」と書いてるらしいですが、そんなの根も葉もないウソっぱちです。

 はっきりいって、申し訳ないですが、そういう話となると、コンビニ弁当のほうが絶対にあやしい。

 今は、特に大手の外食企業では、食材の原産地表示をしている飲食店は多く、中国産食材の取り扱いをやめたところも少なくありません。

 むしろ、原産地表示のないコンビニで売ってる冷凍食品・惣菜や、弁当に使っている材料のほうがよっぽどあやしいのでは??

 これはやっかみではなく、表示を見れば一目瞭然。
 コンビニ弁当の材料なんて、産地はわからないし、原材料にはカタカナ文字の添加物でいっぱい。

 これでよく、コンビニを擁護して外食を一方的に叩けたものです。

 ただ自分は、コンビニを叩くつもりはありません。
 飲食だって、ひどいことをやっている店はあるので、それをよそに、コンビニを叩くのは、目くそが鼻くそを笑うようなものですから…。

 しかし、この著者は、自分が見てきた、あくまでごく一部の狭い世界の知識だけで、しかも、コンビニ擁護という恣意的な観点で、飲食業界の全てを知ったかのように書いています。

 それによって被害を受けるのは、飲食店というよりむしろ、一般消費者でしょう。

 お得な値段でダイヤモンドが売られているのに、根拠もなく「偽ダイヤ」」だと風評を流して、買う機会を損失させているようなものです。

 この本のデタラメを真に受ける人が、一人でも減ることを願います。

 


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