レストラン業界温故知新

 このサイトでは、洋食に関するかなり昔の情報を多く紹介しています。
 そのため、「昔は良かった」的な、懐古主義的に思われたりするかも知れませんが、そういった気は毛頭なく、そこにあるのは、過去の先人達に対するリスペクトと、「温故知新」です。

 このサイトでよく取り上げている戦前のことなんて、当然ですが自分自身生まれてもいないので、そもそも懐かしむことが出来ません(笑)

 よく、レストラン関係者やテレビ番組の制作者の方などが、このサイトを見て興味を持ち、「会ってお話を聞かせてください」と言われるのですが、実際にお会いすると、たいていの方から僕が予想より若いことに驚かれます(笑)

 多くの方は、ホテルなどを定年して余暇でホームページを開いてるとか、古い洋食屋のベテランオーナーがヒマな時に更新してる、というのを想像されるらしく、そのため、実際に会ってみると予想外の若さに、「なんでこんな古いこと知ってるんですか??」と必ず聞かれます(笑)

 自分は、戦前のことはもちろんですが、バブル時代すら社会人としては経験していない世代です。(生まれてはいましたが)

 なので、昔は良かったなんて微塵も思いませんし、「飲食業はなぜブラックか?」の記事でも書いているように、飲食業界にはびこる前時代的な風習に対しては、むしろ全否定の考え方です。

 ただ、昔のことを調べていると、新しい発見がたくさんあり、それをもったいないと思って情報を積み上げていった結果、このようなサイトになりました。

 このサイトを立ち上げるまでは、洋食の原点がフランス料理ということもよくわかっていませんでしたが、それを知ったことで、今まで教わってきた技術の間違いや誤解に気付いたり。
 今は廃れた料理の存在を知り、それを作ってみると、逆に新鮮な料理に感じたり。

 まさに「温故知新」です。

 また、レストラン業界を歴史学的に捉えたり整理するといったことは、これまで日本でほとんどされていなかったので、こうした観点からレストランの楽しみ方を考えていくのは、むしろ新しい活動だと思っています。

 古きを知ることは、大事なことだと思います。
 芸術の世界でもそうだし、料理の世界も同じくそうだと思うのです。

 例えば音楽の世界で現代音楽(コンテンポラリー)というと、前衛的な曲が多く、クラシック音楽の現代音楽なんかは、奇妙奇天烈な音楽が多いです(笑)

 そのため、モーツアルトやベートーベンのようなクラシカルな曲や、チャイコススキーやマーラーのような雄大な曲を作れる作曲家はもう出てこないのか?と言う人がいるのですが、実はクラシックの作曲界では、視点がちょっと違うのです。

 現代の作曲家が、和声学を無視したようなヘンチクリンな曲を作っているからといって、そういった作曲家達が、和声の理論や古典の手法を知らないのか?というと、そんなことはないのです。

 では何故、難解な曲ばかり作るのかというと、ハイドンの前にはソナタ形式の交響曲はなく、ベートーベンがロマン派を扉を開き、ドビュッシーの前に印象派の音楽はなかったように、これまで多くの大作曲達が新しい音楽を切り拓いていったように、現代の作曲家もまた、あくまで新しい音楽に挑戦しているわけです。

 クラシック音楽に興味がある方なら記憶にも新しい「佐村河内守事件」でも、「交響曲第1番」の後期ロマン主義を思わせる曲調に、「マーラーの再来」と言われたりもしましたが、ゴーストライターの新垣隆氏によると、あれはそういう注文だったからそうした曲を作っただけで、「クラシック音楽を勉強していれば誰でもあの程度の曲は作れる」と言い、自分で発表している曲は、難解な現代曲に挑戦していたのです。

 フランス料理の世界においては、「ラ・ピラミッド」のフェルナン・ポワンが、これまでのエスパニョール系ソースの代わりに、フォンドボーをベースにコーンスターチを使ってソースに濃度をつける手法を広め、その弟子のポール・ボキューズらが、新鮮な素材を使ったヌーベル・キュイジーヌを生み出し、そこからベルナール・ロワゾーのように、フランス料理の基本素材とも言うべきバターや生クリームを一切使用しない新し料理作り出した、というように、時代の変化とともに料理も進化してきました。

 しかし、それで過去の料理や技術はなくなったのかというと、そうではありません。

 1970年代に、それまでの伝統的な調理法から脱却したヌーベル・キュイジーヌのブームが起こり、それがあまりにも行き過ぎて、基礎も何もない手抜き料理まがいの料理まで横行して、一時はフランス料理界が混乱しましが、そこであらためて古典回帰運動が起こり、伝統的な技術にのっとった上で新しい料理を再構築するという手法で、ジョエル・ロブションやアラン・デュカスといった、今日でもその名が轟く、新時代の大シェフ達が生まれました。

 マーケティングや経営論などでも、過去の事例や古い理論ばかりを持ち出す人は、むしろマーケットの新しい変化をつかんだり経営改革が出来ないから過去の理論体系に逃げている、と言われることがありますが、といって、全く過去を勉強せず、今だけを見て新しいものがひらめくなんてことは、何かの偶然か、よほどの天才でもない限り無理でしょう。

 芸術家でも料理人でも、偉大な功績を残している人は、その多くが勉強家です。
 脳科学的にも、無からの「ひらめき」というものはあり得ず、アイディアや新発明というものは、あくまで過去の記憶の連鎖の結果と言われています。

 知識をためれば必ず何かが生み出せるというわけではありませんが、過去を学ばずして新しいものを作ろうとするのは無謀だと思います。

 日本のレストラン文化を、ひいては食文化を、より良いものにしていこうと考えるのであれば、古きを訪ねて新しきを知る、という姿勢は大切なことではないかと思います。

 


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