業績を向上させた吉野家の戦略

 良い記事が出ていました。
 

  ⇒吉野家、P&G出身役員が変えた「牛丼の売り方」

 外食や小売りのマーケティングについて、色んなコンサルが中身のないコメントや記事を垂れ流す中、この記事に書かれている内容はなかなか実務に即して共感できるものでした。

 一番面白いと思ったのが、ポスターによる広告の仕方について特に意識し、「どう見えるか」から逆算して商品を企画した、という考え方。
 記事では、「他のマーケティング担当者とは違う点かも知れない」と書かれていますが、この考え方はまさに、飲食業界の人間の一般的な考え方とは真逆です。

 飲食業の人間は往々にして、「これ」という絶対的な商品(料理)を生み出すことを一番に考えがちです。
 最強の商品が開発出来れば、最高のサービスさえすれば客はついてくる。
 最高のQSC(クオリティ、サービス、クリーン)こそ最大の販促だと。

 もちろんそれは飲食店の原理原則だとは思います。
 ですが、最高の料理やサービスなんてのは、人の嗜好や感じ方、価格とのバランスにもよるので、掴みどころがなく、実は一番答えが出しにくいものなのです。
 先日読んだ、ある飲食コンサルの記事では、名声店出身のシェフが開いた店で、シェフ自らお客さんの椅子を引いて席に案内するというサービスをしていたのをやめさせて、もっと気さくでラフな店にしたらお客さんが増えた、という記事がありました。
 普通に考えたらサービスが良いには越したことがないのに、その記事によると、そうした過剰サービスが客を窮屈に感じさせ、敷居を高くしてしまっていたと。
 まあ、本当にそこが一番の理由なのかはともかく、店として良かれと思ってやっているサービスが、お客さんが求めていなかったということはよくあることです。
 そこにかける労力があるなら、別のところに使えということです。

 特に吉野家さんのように、すでに一定の評価を得ている「牛丼」という軸があり、しかも知名度も十分にある場合、考えるべきことは別の部分にあるでしょう。

 「見せ方」から考えるということ自体は、コミュニケーション戦略の基本的な手法の一つなので、本来マーケティングとしては珍しい考え方ではないと思います。
 ですが、飲食や小売り業界では、コミュニケーション戦略というと、えてして顧客とのダイレクトコミュニケーションに目が行きがちで、せいぜいメール配信やLINEにとどまり、行き着くところ「店舗での従業員の接客やおすすめが重要」といった話になる。
 そうなると、結局店舗のQSCの話になり、「綺麗な店でうまい料理を感じ良いサービスで提供したら客はついてくる」「従業員のお客様とのコミュニケーション・サービス力」
という話になり、それを吉野家さんで言えば、最高の状態の牛丼を、最高のサービスでしっかり売ろう、従業員教育を徹底しよう、で終わってしまう

 そうなってしまったら、マーケティングもプロモーションもいらなくなってしまいますよ。

 ですが、顧客視点からすると、その人の生活行動における接点こそが一番のコミュニケーション接点です。
 つまり、店に入る前の方がウェイトは圧倒的に高く、ようは「店に入る以前の問題」なんです。

 新規顧客を獲得しようと思ったら、そもそもどうやってそのQSCを知ってもらえるのか? 店に入ってもらえるのか? って話でしょう。
 そうなれば、店頭ポスターはじめ、プロモーション活動を最重要視するのは当たり前の考え方のはずなのに、そこに力を入れない飲食関係者が圧倒的に多い。
 のぼりくらいは立てるかも知れないけど、そんなのでアピールできることなんて安さくらい。それは本質じゃない。

 うどんの丸亀製麺さんもそんなニュースがありましたね。
 丸亀製麺さんは、店舗で自家製麺をしているのが最大の売りで、店内でもそれを全面に出してるから、そのことは十分に知られていると思っていた。
 しかし、アンケートをしてみたら、店に来てくれているお客さんですら五割くらいしか知られていなかったそうです。
 それじゃ、店に来たことがない人が丸亀製麺のことをどう思ってるかなんて、いわずもがな。

 そこで、店で自家製麺をしていることをアピールしたテレビCMを売ったところ、大きな反響があり、売上増進の最大のエンジンになったそうですが、それを仕掛けたのも、森岡毅さんという、USJから招いた外部人材によるものです。

 吉野家さんでも、P&Gから来られた方は、飲食業界の慣習にはとらわれず、「見せ方」から商品を企画されたから業績が上向いたのでしょう。

 食べる量が減る年配の客向けの「小盛り」を訴求するために、合わせて「超特盛」をアピールしたことや、女性客を誘因するために、子供向けのコラボを打ち出したことも同じ発想ですね。

 昨今の傾向として、メガ盛りとか過激なものがメディアに喰い付かれるのは周知のことなので、それに手を出すことは珍しいことではありませんが、その本質にメディア効果をおいていたことが重要です。
 超特盛を売ること自体ではなく、とにかくメディアに喰い付かせるというパブリシティ効果が本質にあり、そこから小盛り含めて店の様々な商品を知ってもらう、ということです。

 吉野家さんには僕もたまに行きますが、それこそ本当に数か月に一回程度だからある意味よくわかる。
 この数年で、店のサービスや牛丼が、昔に比べて特に良くなったとは全く思わない(笑)
 けれど、業績は上昇しているのです。

 確かに商品のバリエーションは増えました。
 つまりは、そのことを知ってもらえるよう、「お客さんを呼び寄せる戦略」が上手くいったのだと思います。
 もちろん、吉野家さんは、すでに一定のブランド力があるからこそでもありますが、ただ牛丼を磨き続けてることばかり考えていたって、お客さんは増えなかったでしょう。

 世の中、「モノ消費からコト消費」などと昔から言われますが、それこそ食べ物なんて、どうやったって「モノ」ですよ。
 それをコトに変える……というより、消費者に「コト」のように感じてもらうには、店の中でやってることそのものというより、その店に足を向けたくなる、そのストーリーの仕掛けを作ることにあると思います。

 テレビなんかで芸能人が絶賛しただけで売上が伸びたりするのなんて、その典型ですよね。
 あれは単なる口コミ効果というより、有名人が絶賛するその味を自分も知っている、という心理体験が価値になっているのだと思います。

 飲食に限らず、車でも、服飾でも、鞄でも、財布でも、時計でも、日本にはすごく良いものが沢山あるのに、その良さを伝えきれていないものがたくさんあると思います。
 品質は決して劣らず、むしろ勝っているのにもかかわらず、人気では外国ブランドに負けているってケースは少なくありません。

 誇大な広告は良くないけれど、「見せ方」を研究し、伝える方法を考える努力は、日本の企業にはまだまだ足りないと思います。


 

 


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