洋物ブランドに弱い日本人

 日本人は欧米のブランドものが大好きです。
 
その根っこにあるのは、鎖国とか戦争で日本が文化的に遅れていたせいで、欧米文化に対する強いコンプレックスが背景があると思います。
 そして、やはりバブル経済時代に、外国の有名ブランドものを持つことが成功者の象徴のような時代があったことも大きいでしょう。
 
今の中国が、その頃の日本と似た状況だそうです。

 ですが、猫も杓子もブランドに手を出す性質はアジア人特有のもので、ヨーロッパでは、一般庶民は高級ブランドにほとんど手を出さないそうです。
 
日本では、へたすると女子高生ですら、バイトをしてお金をためて、高級ブランドの財布やバッグを買ったりしますが、ヨーロッパでは、貴族やよほどの富裕層でない限り、そうしたブランドものはほとんど身に付けないそうです。
 バブル時代、「シャネラー」などと呼ばれた、シャネル製品で身を固めた若い女性が流行したり、女子高生の間でバーバリーのマフラーなどが大流行したりしましたが、ああいうのは欧米では考えられないことだそうです。

 その理由については後で説明しますが、ヨーロッパではどうあれ、日本人が高級ブランドを買うこと自体は悪いとは思いません。

 欧米の高級ブランドは基本的にぼったくりですが、そんな殿様商売が成立するのは、やはり高い品質とデザインの優れたものが多いからでしょう。
 お金さえあれば、
高品質でデザインの良いものが欲しいと思うのは当然のことだからです。

 ただ、日本のブランド信仰には、一部にちょっと歪んだ感性があり、そこはよろしくないように感じます。
 
よくある例では、「デートにユニクロの服を着て来るとは信じられない」とか、「いい大人が安物の時計をしていると恥ずかしい」とか、「吊るしのスーツを着ているのは自分が仕事が出来ないと言ってるようなもの」といった、ネットでもしばしばネタのようにして盛り上がる話です。
 大学生なんかでも
、ブランドものやセレクトショップに売ってるような服じゃないと「恥ずかしくて着られない」なんてほざく奴がいたものです。

 高級品のほうが高品質になる傾向があるのは確かですし、ブランドものやセレショでしか買わない理由が、そこに行かないと自分の好みのものが置いてない、というのならば、仕方がないかも知れません。
 しかし、有名ブランド=高品質とは限らず、これも日本人の誤った認識で、「良いものを選べば自然にブランドものになる」なんてのは、ぶっちゃけブランドものに高いお金を出すことを正当化するための大義名分か、方便のように思います。

 全てのハイブランドが高品質とは限らず、一度ブランド名声を得てしまえば、その名前にのっかるだけで、たいした品質でないものを売りつけるようなこともよくある話です。

 特に、高いデザイン性で人気になったブランドだと、品質はそれほどでもないことはよくある話ですし、ましてセレショのオリジナルとなると、確かにデザインは良くても、品質は微妙…どころか、良くないものが結構あります。
 さらに微妙なのは、本国では大したブランドではないのに、日本の商社の巧みな宣伝によって、あたかも有名ブランドのように日本で売り出されている、というようなケースも多々あります。

 また、アパレルなんかでは、ライセンスブランドが多くあり、これも結構微妙です。
 ヨーロッパのブランドメーカーと日本の企業が契約を結んで販売する契約です。

 ライセンス契約の内容はメーカーによって異なりますが、本国の管理の厳しいところもあれば、ほとんど名前貸しのような内容で、契約している日本の企業がデザインまで自由に企画しているところもあり、本来のそのブランドの価値があるのかあやしい場合もあります。

 こうしたライセンスものについては、良い悪いの話ではなく、その価値を理解して買っている人がどれくらいいるのか?という話です。

 ライセンスで販売すること自体は、決して悪いことだとは思っていません。
 特にアパレルとなると、日本の縫製技術は世界でもトップクラスの品質です。日本企画とはいえ、本国から認められた優れたデザイナーによる日本製の物であれば、それは本国のものに決してひけをとらないクオリティ水準だと思います。

 例えばバーバリー。
 最近、バーバリーとライセンス契約をしていた三陽商会が、イギリス本国からライセンス契約を打ち切られました。
 これは、本来バーバリーは富裕層向けのラグジュアリーなブランドだったのに、三陽商会は、一般大衆でも手の届きやすい安価なラインの商品を製造して展開していたので、それによってバーバリーのブランドイメージが下がることを嫌ったためだそうです。
 まあ、本当のところはわかりませんが。

 ここで問題にしたいのは、バーバリーのライセンス契約を打ち切られた三陽商会が、バーバリーの名前を外して売ったところ、デザインも品質も全く変わらないのに、売上が激減したことです。

 本当にデザインや品質を見て購入してるのであれば、そんなことにはならないはずです。
 実際、三陽商会の品質は高く、特にコートなんて、本国バーバリーのコートに勝るとも劣らないクオリティと言われています。
 そもそもバーバリーのブランドネームが入っていた頃は、その品質の高さも評価されていたわけですから。

 それなのに、売れない。
 結局、ほとんどの人が、ブランドの名前を買ってるに過ぎなかった、というわかりやすい例でしょう。

 ポールスミスも日本でライセンス展開しているブランドですが、そもそも明らかにデザイン先行ブランドです。
 ただ、デザイン先行が良い悪いの話ではなく、あの独特のデザインにポールスミスの個性と魅力があるのであり、品質も決して悪いわけではありませんが、デザイン料が値段にかなり上積みされている感はあります。

 リーズナブルなラインのものは、たいがい中国製です。
 ただ、中国製品も、中国だから品質が低いとは限らず、どこの工場で作られているかにもよるので決してバカには出来ませんし、ハイラインのものは、イギリス本国よりも高い技術力のある日本で作られていたりするので、良い物はもちろんあります。
 しかし、総合的に見れば、同じ価格帯で見れば品質が優れているとは言えず、そのデザインに惚れこんで買うのなら意味がありますが、ただ有名ブランドだからモノも良いに決まっている、と思って買うのならちょっと違うと思います。

 財布やバッグでおなじみのコーチの製品は、これまた特徴的です。
 コーチの製品って、ネット上でも、すごく良いという評価もあれば、長持ちしない、全然ダメだとか、評価が結構マチマチなブランドです。僕の知り合いの財布好きも、コーチの財布が一年でダメになったと言ってました。

 ただ、コーチの場合、はっきりした理由があって、本来のコーチの革製品は、むしろめちゃくちゃ頑丈なのがウリのブランドです。
 しかし、よくお手頃価格で出回っているコーチ製品は、「アウトレット品」と称する廉価品で、別物なのです。

 これには仕掛けがあって、本来アウトレット品というのは、製造工程で微妙な小キズがついてしまった、というような、「訳あって定価では売れない品」なのですが、コーチは最初から安売り用として品質を落としたものを「アウトレット品」として売るという、ハイブラインドとしては珍しいメーカーなのです。

 これは決してコーチをけなしているのではなく、コーチ自体が、富裕層だけでなく、大衆でも手の届く製品を用意することで、幅広くブランドを浸透させようという戦略を意図的にとっているからだそうです。
 アメリカでは購入者もそのことはわかっていて、お金がある人は、値は張るが質の高い正規品を、見た目だけを楽しみたい人は、質は下がっても安価なアウトレット品を、とターゲットに幅を持たせたことで、広く支持されるようになったブランドなのだそうです。

 なので、安く買えるコーチについては、必ずしも高い品質とは言えません。
 ですが、日本人でそれを理解している人はきっと少ないでしょう。
 "有名ブランド"のコーチをアウトレットで安い値段で買えて得した、と単純に思っている人がほとんどではないでしょうか。

 一時、猫も杓子も持っていると言われたルイ・ヴィトンの製品なんかは、質が良く本当に長持ちすると言います。
 あまりに持っている人が多すぎることと、偽物が多いのが微妙なところですが、その質を理解して買っていた人は少数だと思います。
 結局は、一目で「ヴィトン」とわかるデザイン目当てで買っていた人が大半ではないでしょうか。

 エルメスなんて、確かに世界最高クラスの革を使ってるのかも知れませんが、会社の利益率が40%とか、どんだけブランド料で値段を上積みしてんだよ!って思います。超絶ボッタなメーカーです。
 それでも買う人がいるわけですから、別の意味ですごいと思います。
 でも、こういう高級ブランドって、そもそもお金に糸目をつけない王侯貴族や大富豪のためにモノを作っているメーカーなので、むしろ本来のハイブランドのあり方なのかも知れませんね。

 革靴なんかは、完全に関税です。
 イギリスの10万円の靴が、本当に10万円の価値があるか?というと微妙で、現地で買えばかなり安く、関税でばか高くなっているだけです。同じ値段なら日本のスコッチグレインや大塚製靴のほうが品質はずっと上です。
 もちろん、デザイン面では、特にイタリアの靴なんかは日本製にない色気のある靴が多いので、高くても買う人の気持ちはわかりますが、10万のイタリア靴に対して、6万円の日本製の靴の「品質が下」かというと、必ずしもそんなことはありません。

 …と、色々なブランド製品について書き出しましたが、何が言いたいかというと、日本人は、そうした品質のことを知った上で欧米のブランド品を買っているのか?ということです。

 自分のセンスに自信がなくてブランドに寄りかかるのは、まあ、仕方ないかも知れません。
 また、成功をつかんだ人が、その地位相応のブランドを身に付けるのも、悪いことじゃないと思います。

 しかし、欧米のブランド品だからといって必ずしも高品質とは限らないのに、そこに高いお金を出す日本人の深層心理にあるのが、「ブランドものを持ってる」=「成功者」という図式が、「ブランドを持ってない」=「成功者じゃない」=「ダサい」という図式に変換されているだけだとすれば、かなり情けない話だと思います。
 ただ見栄を張ることだけを目的に、ローンまでしてスイスの高級時計を買ったり、服も靴も安物なのに、バッグだけはあからさまに見せつけるかのような超高級バッグ、というのは、非常に滑稽に感じます。

 やっぱり、日本人がブランドの弱い背景には、品質ではなく、「見栄を張る」ことが目的だったり、自分のセンスに自信がないことを「ブランドもの」に寄りかかることで安心を得てるだけだと思います。

 そもそも、ヨーロッパの高級ブランドは、その多くが上流階級のために作られたようなブランドです。
 日本と違い、ヨーロッパはいまだに階級社会なので、貴族でもなんでもない一般人が、王室御用達のブランドものを身に付けたりするのは「
分不相応でみっともない」という意識があるようで、一般人は、たとえ収入があっても高級ブランドにはおいそれと手を出さないそうです。
 上流階級の人間ではないのに上流階級の人のために作られたものを身に付けるのは、言ってしまえば、東大を出ていないのに東大を出たフリをしているようなものだからです。

 それに、実用性の問題もあります。
 
例えば、「デキるビジネスマンは良い靴を履く」と言う話がありますが、確かに汚れた靴を平気で履いてるのはどうかと思いますが、といって、普通の営業マンがジョン・ロブやエドワード・グリーンといった高級革靴を履くのは、正直どうなのか??と思います。

 何故なら、高級革靴は基本的にレザーソールなので、本当に歩きやすいか?と言われたら、はっきりいってそんなことはありません。
 長く履いていると独特のフィット感は生まれますが、歩きやすさだけならラバーソールのほうが明らかに上だし、足に馴染むかどうかだけであれば、安物の合皮の靴の方が足に馴染むのは圧倒的に早い。
 特に、レザーソールは雨の日は滑って危険だし、クッション性など様々な観点から考えたら、もっと安くて履きやすくて実用性の高い靴はゴマンとあります。

 では何故、実用性は微妙なのに高価な革靴が存在するかというと、本来そうした高級革靴はイギリスの上流階級のための履物で、そういう人たちは、そもそも長時間歩き回ったりしません。
 イギリスには、労働なんてしたことがないし、する必要もない、ただ資産運用だけしていれば暮らしていけるような貴族階級がいまだに存在し、ビジネスマンにしても、仕事中は基本オフィスにいて、移動には車を使い、雨道を歩くことなんてないエリートが、そういう靴を履くわけです。

 それなのに、雨の多い日本で、仕事で街を歩き回る日本の営業マンが、「ビジネスマンの嗜みだ」とか言って高級靴を履くのは、何か違う気がします。
 もちろん趣味として持つのは良いと思いますし、合皮より本革の方が綺麗で長持ちするからそれなりの靴を履こうというのはわかりますが、そうした実用性の域を超えた高級靴を「身嗜み」というのはむしろ大きな勘違いだと思います。

 それこそ腕時計なんて、ヨーロッパの高級腕時計の主流は、ゼンマイで動く昔ながらの機械式時計です。
 時計オタクの中には電池で動くクオーツ時計は本物の時計じゃない、とかいう人がいるようですが、機械式時計なんて、所詮は電子機器が進歩していなかった時代の産物に過ぎません。
 時間は狂いやすいし、精密機械なので壊れやすいし、手巻きにいたっては不便でしょうがない。
 実用性だけで見れば、100万円の高級機械式時計よりも、100均でも買える電池式クオーツ時計のほうが上です。
 本来の「技術の進歩」という点では、機械式時計よりもはるかに高性能なクオーツやソーラー時計の方が、正統な時計と言えるはずです。「ブラウン管のテレビこそ本物のテレビ」「そろばんこそ本物の計算機。電子計算機は邪道」なんていう人はいないでしょう。

 もちろん、時計マニアは実用性を求めて高級時計を買っているわけではないし、個人的な趣味で、複雑な機構と技術の詰まった高級時計を愛でるのはもちろん自由です。
 しかし、高級時計を買っている人はみなそういう時計オタクなのか?というと、そうではないでしょう。
 結局のところ、見栄やステータス感を求めてロレックスやオメガをしている人が大半じゃないかと思います。

 純粋に自分が気に入ったものがたまたま有名ブランドだった、というのであれば、それはそれで良いと思います。
 しかし
大事なことは、あくまで「自分の好み」で決めることであって、「いい大人ならそれなりのブランドものを身に付けるべき」と言って、他人にその価値観を強要したり、ブランドものじゃない物を使っている人を下に見たりするとか、そういうのは勘違いも甚だしいと思います。

 少し前に亡くなられた、芸能界きっての伊達男として知られていた、俳優の藤村俊二さんは、ある本の中で、このように言っています。

人よりよい服、人よりよい車。
そう考えるより、自分の好きな服、自分の好きな車。
そこを起点にするほうが楽しいです。
何事も比べちゃいけません。
不幸は、人と比べることから始まると思っています。

 藤村さんは、靴を買うならわざわざイタリアまで行って作らせ、自分のバーを開いた時は、イギリスの職人にイギリスで作らせて、それを日本まで運ばせるくらいのこだわりの人でしたが、ジャケットは吊るしの既製服を着て、自分が気に入れば、縁日に100円くらいで売っていた小物を調度品に使ったりと、そういう人だったそうです。

 僕は、そういう感性が好きです。
 人と比べるためにブランド物を買うのではなく、あくまで自分の感性に従った生き方。
 
僕の理想は、そんな生き方です。

 


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