ブランドモノを肯定する

 このHPの記事では、舶来ブランドに弱い日本人心理を批判したり、それなりのブランドモノを肯定したりと、相反するような記事が混在しています。

 僕はかつて「否定派」でした。
 ブランド品なんて、虚栄心の象徴だと思っていました。

 しかし現在は、どちらかといえばハイブランド肯定派です。
 ハイブランドがハイブランドたりうる所以には、相応の価値や背景があることを理解したからです。

 ブランド論になるとよく、「ブランド品を身につけるのは自分に自信がない人」という話が出てきます。
 
「本当の金持ちや自分に自信のある人は、むしろ質素なものを好む」といった説もよく目にします。

 これって、それらしく聞こえるけど、その解釈は単純じゃないと思う。

 「自分に自信があればブランドモノに頼る必要は無い」という意味ではそうだと思うけど、それはブランド論の本質じゃないと思う。
 もっとも、避ける理由として、「妬まれたくない」とか「襲われたくない」というのはリアルの聞いたことがあり、その部分は事実だと思うけど、それもブランド論の本質とはずれた話だと思う。

 見栄を張る必要がない人からすれば、ブランドモノを無目的に買う必要がなく、用が足りれば安物でも十分、という考え方はわかる話です。
 ただ、わざわざ「本当の金持なら」とか「自分に自信があれば」とか、それらしい理由をつけて「ブランドモノを避ける」ような解釈をすることはおかしいと思います。

 というのも、そもそも「ハイブランド」とか、それぞれの成り立ちをたどれば分かることですが、王侯貴族やハイステータスな人々に愛されて「ハイブランド」となったものばかりだからです。
 その時点で、「本当の金持や地位の高い人はブランド品を好まない」という指摘が間違っていることは自明です。
 むしろ、ステータスの高い人に評価されたからこそハイブランドとしての地位が得られるともいえます。
 つまり、「ハイステータスな人が嫌うハイブランド」、というのは、その構図自体が矛盾しているのです。

 本来的に、ハイブランド品は、高い品質を兼ね備えている、ということです。
 モノを持つなら、高品質なものを持つべき、というのは正しい発想です。
 僕がブランドモノを評価するようになった理由は、そこにあります。

 ただ、有名なブランドだからといっても、質が伴ってないモノや、廉価版、偽物もあります。
 なので、ブランドイメージに価格やに見合った品質であるかを、ちゃんと見極めることは非常に大事です。
 
 それに、デザイン重視で有名になったブランドの場合、あくまでその価値の重きは「デザイン」なので、必ずしも品質が高いとは限りません。
 また、繊細で耐久性が低い高級生地や、精密機械すぎて壊れやすい高級機械式腕時計のように、品質の意味が実用性とは全く別の観点の場合もあります。
 そもそもたいした品質ではないのに、巧みなプロモーションによってハイブランドのように見せているものもあります。
 ファッション全般をフルにラインナップしてる場合、本業以外のカテゴリでは値段の割に品質が微妙な場合も多々あります。

 そういう点では、本質を知らずに、知名度だけでブランドものにとびついたり、「ブランドものなら丈夫で長持ちに違いない」みたいな発想は、注意が必要です。

 そうした、モノの本質を見ずに、ブランド品をこれみよがしに身につけるて見栄をはろうというのは浅ましい感性だと思いますし、正しい価値も用途もわかってないのに有名ブランドだからと手を出すのも軽薄だと思うし、大切なのは、モノの本質を見て、「良い物を」と追求していった結果、ハイブランドが選択肢に入るのは、正しいモノの見方だと思うのです。

 ……で、そう考えたときに、日本ブランドの製品は、高品質なモノがたくさんあります。
 楽器、車、服飾品、革製品、腕時計、文房具etc...

 安易に舶来品に飛びつくのではなく、質の良い日本製品を、みなさんもっと買いましょう(笑)


 


 →TOPへ