日本を代表するジャズミュージシャンであり、世界的にも評価の高い日野皓正さん。
ヒノテルのアドリブは適当なのか
特に1970年代〜1990年代にかけて日本のフュージョンシーンにブームを築いて人気を博し、その実力と名声は誰もが認めるところではありますが、この方のプレイスタイルについては好き嫌いがわかれるように思います。その理由はおそらく、日野皓正さん独特のアドリブにあると思います。
人気絶頂期の1980年代頃の演奏などはまさにわかりやすいですが、ちょっと吹いたかと思うとすぐに間をとり、早吹きのようなものをあったかと思ったらそれも瞬間的で、音運びもフリースタイルで、メロディ感があまりなく、まるで効果音のようなとにかく断片的な演奏スタイル。
聴きようによってはもはや、「これって上手いのか?」「適当に吹いてるだけじゃね?」と思われる方も少なくないと思います。
そうした演奏を聴いて、「ヒノテルは有名なわりにたいしたことない」と思ってる人もいるかもしれません。ただ、「ちゃんとしたアドリブができないから雰囲気でやってる人」と思っている人がいたとしたら、その認識は間違っています。
あの独特のスタイルは日野さんが意図的にやっているもので、それに好き嫌いがあるのはともかく、そのプレイスタイルこそが日野さんのアイデンティティなのです。「ほんとかよ」と思われる方は、是非これらの演奏を聴いてみてください。
これは、Mt.Fujiジャズフェスティバルでジョシュア・レッドマンと共演されたものですが、日野さんがスタンダードナンバーを演奏している数少ないライブ演奏です。
この曲は、日野さんが1989年に、アメリカのブルーノートレーベルから出した、これまた数ある日野さんのアルバムの中でも唯一といえる正統派ジャズを録音した「Blues truck」というアルバムにも収録されている曲ですが、この日のライブでもコード進行やフレーズに寄せたスタンダードなプレイをしています。→Blues Truck版 SWEET LOVE OF MINE
こうしたスタンダードな演奏のレコーディング音源だと、より一層、日野さんの日本人離れした音色の艶・音の強さとしなやかさが感じられると思います。
続いてはこちら。
→Half Nelson
パーカーとも録音しているマイルス・デイヴィスのバップナンバーですが、面白いのは普通にソロをしているかなりバッパーなアドリブを展開しているのに、バックバンドが後ろからアタックや合いの手をかましはじめると、どんどんヒノテル節に変わっていくところです。
普通なら、伴奏が表にでてきたら、それに合わせてフレーズを乗せていきたくなりそうなところを、逆に断片化・効果音化していくのが日野さんらしいところで、そういうところが苦手な人もいるでしょうけど、僕の場合は3'30''のパラパッ パラパッって吹くところとか、ものすごくお洒落に感じて「やっぱこの人のラッパカッケーなーっ!」て思ってしまいました。そして次は、これまたレアな、超スタンダードなブルース。
出ているメンバーも錚々たるものですが、こんなド直球なブルースを演奏する日野さんも珍しい。
Bフラットのブルースはトランペットとしてはもっとも吹きやすいのですが、こんなアプローチをかますところに、日野さんの特異性というか個性を感じます。
音数少なく、フレーズも間延びしたようなゆるやかな立ち上がりからアドリブがはじまり、静かな語り口調でしばらく進めつつ、フレーズの切り替わり時にシェイクを絶妙に混ぜながらテンションをあげていき、秋吉敏子さんのピアノとのかけあいから一気にドラムを巻き込んでエンジンをかけて爆発する、ドラマチックな展開が最高です。
もう一人のトランペッター大野俊三さんも有名な方で、内容的には日野さんより音数は多く流暢で素晴らしいアドリブなのすが、日野さんの強烈な個性の前にはすごくあっさりに感じてしまいます。とまあ、こうした「まとも」な演奏を知れば、「なんだ、ヒトテル、やればできんじゃん!」と思い直された方もいらっしゃるのではないでしょうか?
僕も正直、日野さんの演奏を聴いたはじめの頃は、実はちゃんとしたアドリブができず、ごまかしてるだけの人なのか? と思ってたこともありましたが、とあるテレビ番組のジャズを紹介するコーナーで、日野さんがルイ・アームストロングのようなニューオリンズジャズを軽快に演奏をしているのを聴いて、そこから日野さんの見方が変わりました。
人間の感覚なんていい加減なもので、ピカソの抽象画の良さが全く理解できなくても、実はピカソが写実的な絵もめちゃくちゃ上手に描ける事を知ると、抽象画も上手い気がしてくるのと同じような感覚かも知れません(笑)
日野さんの演奏は、音色と音作り自体が非常に個性的で、フレーズの取り方にも独特のルーズなノリがに魅力的ですが、一番の日野さん「らしさ」というと、旧来のコード進行やモード、リズム・フレーズからもぶっとんだ「フリー」なスタイルでしょう。
時代背景的に、1960年代中頃からはスタンダードジャズからフュージョン・フリージャズの時代になり、マイルス・デイヴィスもエレクトリックなスタイルになり、ベテラン勢はともかく若手プレイヤーは前衛的なスタイルをどんどん取り入れていったので、日野さんはそうした新世代のプレイヤーだったわけです。
「普通のジャズ」として、アドリブの中にメロディアスなフレーズが紡ぎ出されるのを期待して日野さんの演奏を聴くと、どうしても受け付けない人はいるだろうとは思いますが、少し見方を変えて、技術のベースとしてはスタンダードジャズやバップを理解しながら、あえて新しいスタイルに挑戦する、それが「ヒノテルの世界観」だと思って聴くと、また違った聴こえかたがするのではないかと思います。