ヒノテルと体罰

 先日、世田谷の教育委員会主催の音楽イベント"Jazz for kids"で、世界的ジャズトランぺッターの日野皓正さんが、本番中に演奏している中学生に往復ビンタをかまして演奏を止めさせた、というニュースが動画でネットに拡散し、大変な話題になりました。

 ニュースが出た当初は、ヒノテルの「体罰」とも言える暴力行為に批判の声が上がりましたが、事情が明らかになっていくにつれ、ヒノテルを擁護する声が強まるという、このご時世にしては異例の出来事となりました。

 体罰は普通に考えれば、いかなる理由でもよくないと思います。
 でも、このケースに関しては、やむを得ない措置だったんじゃないかと思います。

 ことの経緯は、曲中のソロ回しで、ドラムの番になると、ずっと叩き続けて他の人に回そうとせず、しかも自分に合わせてトランペットなどに音を出すよう煽り出し、それで周りも最初は参加するものの、すぐに収集がつかなくなり、結局ドラムのひとり舞台状態でソロを延々と続ける状態になったそうです。

 その異常な状況に観客もざわつきはじめ、スタッフも困惑していたので、ヒノテルが「注意してきます」と言って舞台に上がってドラムの子にソロを止めるよう注意に行ったようです。

 しかし、ヒノテルが注意しても本人は全く耳を貸さずソロを続けるので、ヒノテルはスティックを無理矢理取り上げて放り投げます。
 
ようやくそれで終わるかと思いきや、手でドラムを叩き始めるという始末。
 さすがのヒノテルもそれには怒って、その子をドラムの席からひきずりおろし、往復ビンタをくらわせた、というのが、この事件の一連の流れです。

 ここまでくると、もうどうしようもないんじゃないかと思います。
 それに、ビンタといっても、力いっぱい叩いたわけでなく、ペチっとはたくような程度のもの。

 体罰に力加減は関係ないかも知れませんが、言葉で言っても通じない相手、それも逆らい続ける相手で、しかも今すぐ解決しなければならない状況であれば、物理的に力ずくでしか対応せざるを得ないこともあると思います。

 それに、いくら教育委員会が主催とはいえ、「演奏の場」は義務教育の場ではありません。
 そもそも応募型の音楽イベントなので、そこには参加者に団体行動としてのモラルが求められるのは当然です。

 この事件で、ニュースの第一報では、例の如くカスなマスコミが、「体罰」のところだけを切り取ってニュースにしたため、最初は批判的な声が多く上がったものの、実際にその現場にいた聴衆のツイートなどで実態が明るみになると状況は変わり、大勢がヒノテル擁護の色に一変しました。

 それに、当のドラムを叩いていた本人とその親が、ヒノテルに謝罪したということからも、その場の空気からして、誰が悪かったかは明らかです。

 ジャズは自由に表現できると思ってる人がいるようですが、それは違います。
 確かに、
そこにアートがあれば、ライブ中に突拍子もないアドリブをかましてもアリ、というような空気はジャズにはあるし、それにもし、それが本当に優れたアートであれば、みんな認めると思います。

 しかし、ソロまわしを自分勝手に止めて、人で独演を続けるのは、アートでもなんでもないと思います。
 もちろん、観客からも拍手喝采であれば結果オーライかも知れない。

 でも、観客がついてこれないのであれば、それはつまり暴走でしかなかった、ということでしょう。

 メンバーも観客も置き去りでアンサンブルできない奴は、音楽としてだめだと思います。

 それを、注意しにいっても言うことを聞かず、スティックを取り上げても手で叩き続けるとか、あり得ない。
 そりゃあ、引きずりおろして「どういうつもりだ!」とビンタの一発でもかましたくなるのが人情ってもんでしょう。

 ビンタはやり過ぎのように思うかもしれませんが、殴り倒したり蹴り飛ばしたのならともかく、ペチっとしたレベルのビンタくらいなら、ヒノテルの世代を考えると、教育者としての理性のあるまともな行動だと思います。

 最近、何でもかんでもパワハラ、セクハラ、マタハラ、○○ハラという風潮があり、もちろん時代の流れとして大事なことではありますが、ますが、このヒノテルの一件については、どちらかというと擁護派のほうが結果的にはマジョリティーのようなので、まだ日本人にも良識が残っているな、と思った次第です。
 

 


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