平井堅さんの曲は好きな曲が多いですが、中でも「キャンバス」のPVが好きです。
平井堅と「キャンバス」
また、僕が非常にリスペクトしているシンガーソングライターでもあります。平井さんは、横浜市立大学に在学中の二十歳でメジャーデビューするという早いスタートを切ったにも関わらず、作る曲は全く売れず、長い低迷期を過ごします。
そして二十八歳の時、事務所からこれでダメなら終わりだという最終通告を受け、しかも、他の人から楽曲提供を受けて「楽園」という曲を歌うことになりました。
シンガーソングライターとして、自分の作った曲が全く売れず、事務所からは他の人に作ってもらえと言われ、しかもそれで売れなかったら契約終了、と言われた時の平井さんの気持ちは、いかばかりだったでしょうか?
結果、そのラストチャンスの「楽園」ではじめてヒットし、その後は自身の作られた「evev if」のヒット、「大きな古時計」のヒット、そして誰もが聴いたことがあるだとう大ヒット曲「瞳を閉じて」など経て、押しも押されぬトップ歌手となります。
二十八歳でヒットというのは、遅咲きとまでは言いませんが、アルバイトで生計を立てている二十七歳の売れない歌手って、傍から見るとかなりのダメ人間です。
なまじデビューが早かっただけに、大学を卒業しても就職せず、6年近くも売れない歌手を続けるのは大変なプレッシャーだったろうと思います。「キャンバス」は、2008年にリリースされた28枚目のシングル。
平井さん得意のバラードですが、歌自体もさることながら、PVがとっても良いのです。ドラマ仕立てで、メイン出演しているのは中村ゆりさんと田中圭さん!
今では人気俳優として大活躍されていますが、この頃はちょうど注目され出した頃でしょうか。
PVですからセリフは一切ありませんが、動きと表情だけで全てが伝わる、素晴らしい演技をされています。仕事で失敗をやらかして心がくじけそうになるシーンからはじまるこのPV。
そんなところに、母校の大学のクラブにOBとして覗きに行った時、偶然再会する二人。撮影は、平井さんの母校でもある横浜市立大学でされていますが、大学生活を描くのではなく、卒業後にふらっと訪れるというシチュエーションがとってもよい。
歌詞にある、「このままじゃいられなくても。これからに流されても…」に、想いが集約されているように感じます。
夢や希望にあふれ、自由でいられた大学時代。
でも、ずっとそのままではいられない。といって、就職したらそこから何がはじまるというだろう?
働かなければならないけれど、それが人生の全てでもない。
結局、「ねばならない」に縛られて、流されているだけに過ぎないかも知れない。
それに、まだ学生時代にやりきれなかったこと、渡せていないボールもあるまま……PVの中で、田中圭さんと中村ゆりさんがばったり遭遇した時。
反射的に目を逸らす中村ゆりさん。
その時の中村さんの死んだ表情がいい。
それで全てを察した田中さんが、特に話し掛けるでもなく、まるで近所の人に対するような儀礼的な挨拶だけをして、互いに愛想笑いだけで済ませる二人。なんてリアルな演技なんだ……
結局そこから何のドラマがスタートするわけでもなく、二人はそんな感傷的な一日で何かを取り戻しつつ、といって後ろに引き戻されることなく、前を向いていつも通り仕事のある生活に戻っていく……という、当たり前すぎる展開で終わりますが、その当たり前感がまたいい。
このPVは、特に就職氷河期世代の人間には心に刺さるんじゃないかと思います。
人手不足で就職に困らない最近では、仕事なんて嫌なことがあったらすぐ辞めればいい、みたいな風潮なので、このPVを観ても共感するところは少ないかも知れません。
でも氷河期世代は、必死の思いで就職活動をしたので、多少のことがあってもその職場に食らいつくしかなかった世代。
仕事で辛い思いをし、「こんなはずじゃなかったのに…」なんて思いながら、つい学生時代の想い出に浸るといった、似たような感傷にとらわれたことのある人は少なくないはず……平井さんの母校だからとはいえ、横浜市立大学という設定がまたいい。
それなりに優秀な大学を出ていながらのこの展開だからこそ絵になる。
僕自身も公立大学を出ているから勝手にシンパシーを感じてしまうのもありますが、これが東大とか優秀過ぎても、Fランのヘッポコ大でも、絵にならない。
仕事でヘマをやらかしてへこんでいる二人の出身校として、横浜市立大の看板を見せるところが絶妙。平井堅さんの歌には、自身の経験を元にした歌が結構あるそうで、この歌もそうだし、「センチメンタル」なんかもすごくいい。
歌が上手いことはもちろん、詞も素敵なものが多いので、平井堅さんをあまり聴いたことがない人は、歌詞にも是非注目して聴いてみてください。