若手社員は正しく優遇する

 最近、新卒でも高待遇とか、20代で年収1,000万みたいなニュースを良く目にするようになりました。
 若手不足で、人材獲得競争が激しい昨今、そうした発想に陥る心理はわかります。

 また、辞められたら困るとばかりに、新入社員を過保護に扱って残業を一切させないようにしたり、ハラスメントを異常に気にして腫れ物を扱うように接したり、「働き方改革」の弊害としてヒラの若手社員の労働環境が良化する一方、中堅管理職の労働環境が悪化しているというニュースもよく目にします。

 はっきりいって、それらは全て悪手です。

 改善すべきは、むしろ中堅以上の社員の環境と待遇で、若手社員はもっと激務にして良い、というか、そうしたほうが有効です。
 「激務」というと語弊がありますが、もちろん法令違反はしてはいけません。
 サービス残業を強要するのは間違っているし、過剰勤務をさせてはなりません。
 ただ、36協定内であれば、残業させてもきちんと残業代を支払う限り、それは違法でもブラックでもなく、むしろ拒否するほうが業務違反行為として認定できます。
 だから、場合によっては新入社員に残業させ、
中堅社員を早く帰らせたほうが良いくらいだと思います。

 何故かというと、そもそも残業の良し悪しどうのの前に、残業してでもやり遂げたいと思うような業務目標を持たせることが最重要、ということです。

 この部分は、一歩間違えると古い価値観のように受け止められがちですが、現代の厳しい市場環境の中、ぬるぬるの仕事レベルで勝ち残れるほうがありえず、そもそも人を雇う意味において本末転倒です。

 問題なのは、旧時代のように、自主的にサービス残業するようマインドコントロールするような「やりがい搾取」が間違っているのであって、労働基準法内で頑張りたいと思わせることは、必要な目標設定です。

 そうして、それなりの要求をする分、出した成果に対して適切に評価し、対価を与え、昇格させていくようにするのです。
 何も成していないのに高い給料を払っていても、本人を勘違いさせてしまうだけですし、頑張っている人も頑張ってない人も同じように優遇していたら、横の関係での納得感がなくなり、不満も高まります。
 企業側は良かれと思って全員評価しようとするのかも知れませんが、仲間内では実態を知っているため、きちんとやっている自分と、手を抜いて適当にやってる同僚も、同じ評価に扱われたのでは納得できるわけがありません。

 もちろん、入社時に年収1,000万、成果を出せば1,100万、1,200万、30歳になる頃には2,000万と上げ続けられるのなら最初が1,000万スタートでも問題ないですが、ここで言いたいのはベースがいくらという話ではなく、入社以降、本人の努力や成果に対して、きちんと上昇し続けられることこそ重要、ということです。

 とある研究によると、人は、生活環境が良くなっていくことで幸福度が増していくそうです。
 つまり、年収の絶対額というより、年収が上昇していくプロセスのほうが、より強く幸せを感じる、ということです。

 なので、最初からに無条件に優遇しても、そこから上げることが難しいのであれば、そのほうが悪手になるということです。
 そして何より、若い社員というのは成長要求が高いから、仕事を容赦して減らすより、やりがいを与えることのほうが有効なのです。

 ちなみに、一般的に年収が400万、500万、600万と上昇していく時が、一番精神的にも充実感を感じるそうで、700万を超えたあたりから幸福度が停滞し、むしろ下がっていくそうです。

 そこには大きく二つの理由があり、一つには、生活ステージの変化によるもの。
 年収300万台の新卒から500万くらいまでは、どちらかというと質素な生活がベースになりますが、その頃は、年収の上昇とともに日々の暮らしが上昇していくことが実感できる時期であり、600万を超えるあたりから、生活水準が完全にワンランク上がります。
 だから、自分が成長・出世しているような実感があり、幸福度数が上昇するのです。

 しかし、そこから上のランクに上がる頃から、人生のステージが変わってきます。
 下のランクから上がったばかりの時は満足感があっても、気が付くと、中流層の暮らしとしては下のランク、つまり「中の下」であることを意識しはじめる。それが700万円くらいだそうで、そうなると幸福度が感じられなくなるそうです。
 
そして同時に、平均的な企業の場合、年収600万円を超えてくるのは、30代の中盤から40代でしょう。
 そうすると、家族を持ち、子供が生まれます。
 すると出費が一気に増えるため、年収が多少上がっても、生活水準は変わらないどころか、むしろ下げなければならないこともあります。

 といって、年収が1,000万円を超えるとなると、大半の人にとっては狭き門で、その領域への上昇する人の数は圧倒的に減少します。
 また、900万円あたりから税収負担の率も上がるので、金額の上昇分ほどには手取りは増えないことも関係するでしょう。
 そのため、年収700万円あたりから多くの人の幸福度数の上昇は停滞・鈍化していく、と言われています。

 すなわち「人」は、体感できる暮らしの「上昇」に伴って幸せや充実感を感じられるので、それを若くして手にさせてしまったら、そこからの上昇はどうやって感じさせるのか? をきちんと設計しなければならない、ということです。

 新入社員で年収1,000万を与え、そこからも毎年50万くらい上昇し、30代には1,500万、40代には2,000万円となるなら良いでしょうが、どこかで頭打ちになってしまうと、働く意欲も止まってしまうそうです。
 
会社からすると「これだけ出しているのに」と思うかも知れませんが、人間の心理とはそういうものです。

 以前、結果さえ出せば店長で年収2,000万超えも可能という、実力主義で有名だった某飲食企業の人から聞いたのですが、その会社は、一時は飛ぶ鳥を落とす勢いがあったのに、次第に業績がみるみる悪化していきました。
 その理由を聞いたところ「行き過ぎた成果主義があった」とのことでした。

 成果主義を取り入れたことで、確かに一時はものすごい勢いで伸びたけど、給料も青天井というわけにはいかず、待遇を上げ続けるには限界があったと。
 報酬を動機付けの軸にすると、待遇が頭打ちになった途端に、急激にモチベーションを失ってしまうそうです。
 また、そうした評価と待遇を追い続けた人は、ひとたび業績が落ちて待遇が下がったりすると、その格下げを受け入れられなくなり、急激にやる気を失ってしまうそうです。
 これは飲食だからだというのもありますが、飲食店にキャパには限界がありますから、従業員の待遇上昇と、企業の規模の成長とのバランスが悪かったというわけですね。

 「コンチクショウ」と思って再び頑張るようになれば良いのでしょうけど、一度スターになってしまうと、もうそこからは下がれなくなってしまい、結局は辞めていったり、独立を目指して去っていくと。

 もっとも、そこから次々に新しい人が出てくればいいけれども、上にいる人間がそうなっていくと、下の人間も、次第に夢を持てなくなってしまうそうです。
 そんな競争を耐え続ける自信は持てない、結局は長く居られない会社だと思われてしまうと。

 「待遇だけをモチベーションにしたことの限界」とその人は言っていました。

 つまり、単純に待遇だけでは、人はつなぎ止められないということです。

 もちろん、若手不足で人の取り合いとなっている現代において、やる気以前に応募・入社してもらうために待遇を良くすることは必要ですが、入社してからモチベーションが上がらなかったり、退職されてしまっては意味が無いので、入社してからも長く高いモチベーションでパフォーマンスを発揮し続けられる設計にすることこそ、重要なことだと思います。 

(2020.3.20)

 


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