転職と終身雇用

 最近日本では、20代で転職を考えている人が増加しているらしい。

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20180921-00401378-fnn-bus_all

 昔から、先進国で終身雇用制の国は日本だけとか、日本も欧米のように実力主義になるべきとか、もっと転職のハードルを下げるべきとよく言われています。
 特にバブル崩壊以降よく言われるようになり、そして2000年以降、インターネットで様々な情報を誰でも入手しやすくなってからは、そうした風潮はますます強まりました。

 僕自身は、転職したければ転職すればいいと思います。
 といって、定年まで一つの会社にいることが悪いとも思いません。
 特に僕の業界は、転「職」は難しくても、同業他社への転「社」は結構日常茶飯事で容易なので、特別なこととは思いませんし、実際に転職活動をしたこともあります。

 ただ、欧米と比較して「日本がおかしい」と言うのは、少し軽薄なように思います。
 このニュースにしても、基本的にはアンケート結果の紹介記事で、欧米型企業と比較してどうのという記事ではありませんが、根底には、旧来型の日本企業の雇用スタイルが時代にそぐわないことの隠喩が含まれているように感じます。

 しかし、こうしたことを論じるには、これまで何故日本がこうした雇用形態を続けてきたか、何故今も根強いのか、そうした点も、きちんと並列に考えて議論すべきことだと思うのです。

 転職する人の多くは、現状に不満がある、もしくは満足できないから転職するわけですが、その不満の理由を年功序列のせいにしたり、欧米との比較からどうの、と社会分析する人は、視野が狭いのでは? と思います。

 若者が、実力があっても上に上がれないことに不満を持つのはよくわかります。
 そういう人が存在するのは事実でしょう。
 しかし、現実的に、今の日本で、どんなに有能でも抜擢されず、その理由が頑なな「年功序列」の企業って、どれくらいあるのでしょうか??

 さすがに、入社数年で役職者になったりするのは難しいでしょうけれど、大手企業でも、30代あたりから、それなりの権限やフィールドを与えられて活躍している人は少なくないように思います。

 そもそも、浅い社会人経験でビッグプロジェクトを任せられるような器の人なんて、実際いたとしても何十人に一人の逸材ではないでしょうか??
 日本の企業の慣習に不満を持つ人が、そんなすごい人ばかりだとはちょっと思えませんね…

 だいたい、「今の若者は…」といいつつも、いまだに安定の公務員は人気です。
 公務員の世界こそ、完全な年功序列・終身雇用(官僚は天下りしますが)の世界ですが、最近の若者が実力主義を求める傾向が強いのであれば、公務員は不人気のはずです。
 そうではないのに、あたかも今の若者全体の風潮がそうであるかのように言うのは、どこか矛盾しています。

 年功序列や終身雇用制度の是非の議論はそれとして、「今の若者がそれを求めてない」というのは、実は違うと思います。

 もっとも、単に仕事よりも私生活の充実を求める傾向が強く、その結果として、より「楽な職場」を求めて20代の転職が盛んになっているのであれば矛盾はしませんが、もしそうであれば、事の本質は転職希望者が多い少ないの話ではなく、最近の若者は「仕事にやる気がない」という話であり、それはもはや国家の危機です。
 のんきに社会の変容としてニュースにしている場合ではありません。

 また、転職が当たり前の欧米を引き合いに出し、そのほうが正しいかのように言うのもどうかと思います。
 確かに欧米では、日本と違って転職が当たり前で、一つの会社で定年まで勤めあげる方がまれだし、それこそ入社数年の若造が役職につくことも珍しくありません。

 そこだけ見ると、評価が公平で、理に適っているように見えます。

 しかし一方、若者の失業率が日本とは比べ物にならないほど高い、という現実も知らなければなりません。
 能力があれば抜擢される一方で、使えないと思われたら簡単に切られる社会でもあるからです。

 だいいち、若くして役職に抜擢されるようなのは一部のエリートに過ぎません。
 非エリート層は、転職しようがしまいが、何歳になってもずっと給与も頭打ちで平社員やワーカーを続けることになるという、ある意味「格差社会」であることをわかってて言っているのでしょうか? 日本もそういう社会になるべきだと思っているのでしょうか?

 日本では、エリートやトップワーカーでなくても、それなりに真面目にやっていれば、年齢と共にそれなりの役職ももらえて、それなりの顔をすることが出来ますし、よっぽど問題を起こさない限り会社をクビになったりしませんが、欧米の企業では、成果を出せなければ給料は上がらないし、簡単にクビにもなります。転職しやすい仕組み=解雇もされやすい仕組みです。

 日本では、よほどのダメ社員でない限り、何十年も務めていたら課長職くらいにはつけてもらえることがありますが、欧米ではそういうことは一切ありません。

 現実的に、欧米型企業を賛美している若者がいたとしたら、40歳を超えても平社員の給料で良いとか、リストラされたり居場所がなくなって転職活動をしている人のことなんて、全く意識していないと思います。
 あくまで「自分はそうはならない」と思ってるから言えるのだと思います。

 しかし、実力主義社会になれば、相応にリストラ対象になるリスクも高まるわけです。
 転職が当たり前だからといって、必ず雇用されるというわけではなく、欧米では、どんなに景気が良くても失業者が日本よりも高い率で常に存在しています。
 
若者でも実力があれば役職につける社会というのは、裏を返せば、年齢を高くてもヒラのままの人が多いとか、リストラされる確率が高くなるのが当然の論理です。

 もちろん、エリートになれる自信があれば一向に構いませんが、このニュースにあるように転職を考えている約50%の若者全員がエリート集団のはずがないし、実力主義の競争社会というのは、結局一部を除いて大半は敗者になるわけです。

 ただ確かに、2019年現在においては、特に大手の企業で、「使えない」中年社員や、たいした仕事もしていないのに会社にしがみついている居残り社員があぶれているという現実はあるでしょう。

 でも、そうした会社で起きていることとしては、派閥や人間関係で組織が動いたり、上司との巡りあわせの運・不運でて評価が決まってしまうとか、そうしたことの結果として発生しているんだと思います。
 だから、
年功序列だからとか、若者だけの悩みじゃなくて、その会社の全ての社員が同じように感じていると思いますよ。
 社内で権力のある人の下についたことで、大した成果を出してるわけでもないのにヒョイっと上に上がったり。
 逆に、能力はあるのに、何故かずっと陽が当たらなかったり、権力を持つ上司に反抗したばかりに、冷遇されている人とか。

 そんなのは、大企業あるあるで、欧米の企業にだってあることらしいです。

 ただ、若者への影響についてだけで言えば、今だけの「現象」に過ぎないと思います。
 今の40代後半って、いわゆる第二次ベビーブーマーです。たくさんいるんです。
 だから、組織構造・年齢構成がおかしくなっている。

 でも、15年後には、ほとんどいなくなっているか、残っていても給料や役職は大幅に下がったシニア社員的な存在。
 そうなると、たぶん問題の争点は変わっているでしょうね。
 今の若者が気にすべき「雇用制度」は、そこなんじゃないの? と思います。

 20代で年収一千万に到達したというような話なら別ですが、そんな高望みしている若者はまれでしょう。
 家族を持って、子育てが始まり、お金がかかりはじめる頃、年齢的にもそれなりの役職が欲しいと思う年頃には、第二次ベビーブーマー世代はもういませんよ。心配しなくとも。

 あくまで現時点で「第二次ベビーブーマー世代があぶれている」という現象であり、考えるべきはその「現象に対する対策」であり、その今の現象を元にこれからの雇用形態を考えても無意味な気がします。

 逆に、今の若者が40歳を超える頃は、次世代の若者に追われて、別のことを言いだしてるかも知れません(笑)

 もっとも、転職活動をしている若者というのが、みな欧米かぶれでそう言っているわけではなく、単に現状に不満があるだけだったり、今の日本の景気が悪くて未来の見通しが悪いため、そうした考えに寄らせているのだとは思います。

 だから、ここで問題に思うのは、こうしたデータを持ち出して、日本の雇用制度に対する疑問や欧米型企業への幻想を、いたずらに増長させるな、ということです。

 日本には、今の日本の気質にあった企業体というのがあると思います。
 資本主義社会の原理からすると、
欧米型の企業スタイル・雇用形態のほうが、自然で理に適っているとは思います。
 でも、日本人のそもそもの気質には、少し合わない部分もあると思うのです。

 それは、右肩上がりの時代の日本企業が作りだした企業体質だとか慣習の問題ではなく、日本人そもそもが持っている、「人と波風を立てることを嫌う」という気質のことです。

 欧米人は個人主義で、ハナから競争意識が高く、特にアメリカ人なんかは議論をふっかけるのが大好きで、議論で戦うことを生きる術として家庭でも教えるくらいだそうです。
 だから実力主義になるのであり、企業の経営スタイルがどうのというより、社会全体がそういう気質だからそうなっているということです。

 しかし、「和をもって貴し」や「長幼の序」という考えが根底にある日本人に、欧米のような実力主義がそう簡単に浸透するでしょうか??
 他人との協調に重きを置き、年上を無条件に敬い、日常でも、仕事の上でも、対人関係では波風立たないよう振る舞うことを重視する日本で、企業の人事構造だけがバチバチの実力主義になるとは思えない…というか、成り得ないと思います。

 確かに、日本でも外資系企業だと欧米のような仕組みで組織が動いています。
 しかし、そこで生き残っている人は、そうした欧米型の風土を受け入れられる人だけであり、日本人の誰もが馴染めるものではないと聞きます。
 また、勤務体系も過酷で、ぶっちゃけほとんど「ブラック企業」です。
 でも、それが外資系だと問題視されないのは、自分で望んでその企業に入ったのだから、「嫌なら辞めれば?」の世界だからです。

 最近日本ではやたらと「ブラック企業」という言葉が出てきますが、そこに強くあるのは「労働者保護」の視点です。
 しかし、欧米では「ブラック企業」という感覚自体がほとんど存在しないそうですね。

 何故なら、その会社が嫌なら辞めるし、会社としても言う事を聞かない従業員はクビにするから、そういう話にはならないそうです。
 どんな過酷な要求をしても、それに見合った対価が得られ、納得できるなら働くし、納得できなければ辞めます。
 もちろん、それで誰も働き手がいなくなるようなら、その会社は勝手に潰れるだけのこと。

 そこに、日本では「ブラック企業」という言葉が話題になるのは、前提として、「その会社に居続けたい・その立場を守ってもらいたい」という意識を持った労働者が多いからではないでしょうか?

 もちろん、セクハラ的なことでブラックなのは別ですが、実力主義社会を望みながら、労働環境が激務なことをブラックだとか言うのは、どこか矛盾を感じます。
 成果を出すために仕事をする、それが実力主義だからです。

 もっとも、日本もこれから変わっていくと思います。
 少子高齢化が進み、労働人口は不足し、それこそ欧米のように移民を受けれざる得なくなり、望むか望まないかにかかわらず、日本社会そのものの文化・気質が変容していくように思いますし、むしろ変わっていかなければならないと思います。

 ですが、日本人の伝統的な気質も含めた、土台からきちんと積み上げて考えずに、うかつに欧米の上っ面だけをとらまえてどうのこうの言っているのでは、何も実体化はし得ないと思います。

 欧米の良い所は、その本質からきちんと把握した上で取り入れていくべきでしょう。
 しかし、日本の良い所や、なくせないものもきちんと理解し、その上で両社の融合を本質から考え、相反するものについては、いかにして止揚していくかを明確に意識していくことが重要だと思います。

 僕の個人的な考えとしては、もう少し実力主義的で、転職も当たり前の社会になっていくべきだとは思います。
 ただ、そのための道筋としては、欧米の制度的な側面からいくら学んでもあまり意味がなく、日本人の気質・文化の分析と、変革運動からすべきだと思うのです。

 日本人の協調性や温和な気質は、それ故に世界でもトップクラスに治安の良い社会を生み出しているので、それ自体は失うべきではないと思います。
 しかし、江戸〜昭和初期の頃までの、「丁稚奉公」の制度によって形成された慣習が、今日の日本企業の悪い体質と風土を生み出す根源になっているので、そこに改善の余地があるように思います。

 具体的には、まず見習いや修行時代に給料の話をするのは卑しいかのような社畜強要的な思想。
 次に、業務は常に上位下達で、下位の者が意見や提案をするのは分不相応でおこがましいというような軍隊的な階層意識。
 そして最後に、顧客は無条件に偉く、従業員は下僕のように扱って当然というような、お客様は神様的な発想。
 この三つの因習を、日本の社会から完全に排斥すべきだと強く思います。

 ここが変われば、日本の良さを失わずに、欧米の良さも取り入れた企業文化を作ることが出来るのではないかと思う今日この頃です。
 

 


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