ケンタッキーフライドチキン復活の本質を読み解く
 

 2021年現在、ケンタッキーフライドチキンが絶好調です。
 コロナによるテイクアウト需要で圧倒的な強さを発揮したケンタッキーフライドチキン(KFC)。
 今となっては不動の1強のように思われているかも知れませんが、かつてファーストフード(FF)業界では「負け組」でした。

 それがなぜここまで劇的な回復を出来たのか?
 単にコロナによるテイクアウト需要増、という外的要因によるラッキーなのでしょうか?

 僕は学生時代にKFCで2年ほどバイトをしていた縁もあり、個人的に思い入れがあるのでその要因を分析してみたいと思います。

●復活の兆しは2018年夏の500円ランチ

 KFCユーザーならご存じでしょうけれど、KFCが復活したはじまりは、2018年の7月に導入した「500円ランチ」からです。
 当初は期間限定でしたが、これが大成功したので全店の基本メニューになり、そこから来客・売上が劇的に回復します。
 それまでのKFCは、FF業界の中で長らく「負け組」で、直前の2018年3月でも業績悪化の決算を発表したところでした。
 デフレ化が進む日本で「高い」イメージの強いKFCは、売上にずっと苦戦していました。

 今ではコロナによるテイクアウト需要の激増で売上大爆発したことは周知のことですが、いくら低価格のランチを導入したり、テイクアウト需要が増加したからといって、それまで負け組だった店が、そんな簡単に業績反転できるものなのでしょうか?

 それを、過去を振り返りながら考えてみたいと思います。

●フライドチキン業界では不動の1強

 KFCは、1970年に日本に上陸してから現在まで、「フライドチキン」の代名詞といえる圧倒的な存在感とシェアを誇っていますが、これまで他のライバルが存在しなかったわけではありません。

 特に本国のアメリカでは、KFC以外にも沢山のフライドチキンチェーンが存在し、KFC1強というわけではありません。
 
なので、これまでにも数多のフライドチキン業態が日本に上陸しましたが、KFCの牙城の前に、ことごとく敗れ去りました。

 それだけKFCの味が日本人に支持されていたわけですが、といって、KFCの業績が安泰だったかというと、そういうわけではありませんでした。 

●KFCの弱点

 1強であるにもかかわらず、日本でKFCが安泰ではなかった理由は、シンプルでした
 それは、

 「ケンタッキーフライドチンに行ってもメシにならない」

 と言われ続けていたことです。

 その要因は、大きく3つあります。

 @高い(というイメージ)
 A日本人はフライドチキンをそれほど食べない
 Bフライドチキンしかない

 200円(旧価格)のチキンが本当に高いのかどうかは別として、KFC=高いというイメージは、多くの人が持っていたことでしょう。
 KFCを高く感じる理由として考えられるのはまず、
多くの日本人にとって、フライドチキンより「唐揚げ」のほうが馴染み深いからだと思います。
 KFCの1ピースは、唐揚げよりも大ぶりとはいえ、言ってしまえば「唐揚げ1個に200円は高い」といった感じでしょうか。
 なので、特別な時じゃないと買わない、という利用者は多く、普段使いされない傾向にありました。

 そして、前述の通り日本人にとって揚げた鶏肉といえば「唐揚げ」が定番なので、「フライドチキン」はさほど頻繁に食べないということが、日本人の食慣習だったと思います。
 「フライドチキン」としては圧倒的な支持を得ていたけれど、日本人はそもそも「フライドチキン」自体をあまり食べない。
 ここも重要なポイントでした。

 そして最大の弱点は、KFCには「フライドチキンしかない」という点。
 これは、自分がバイトをしていた頃から、大人になっても、KFCの話になると必ず耳にする言葉でした。
 
この言葉に必ずついてきた言葉は、「フライドチキンではご飯がわりにならない」ということでした。

 日本人は、肉とご飯を一緒に食べることを好みます。
 唐揚げなら、一緒にご飯を食べるのが普通です。
 しかし、ほとんどの日本人にとっては、フライドチキンとご飯を合わせるイメージはありませんし、KFCではご飯自体を販売していません。

 つまり、「KFCは食事にならない」と思っている人が多かったのです。

 KFCで炭水化物という点ではポテトがありますが、日本人の嗜好としてポテトはご飯の代わりにならず、コロッケ同様「おかず」の扱いです。
 ハンバーガーの場合は、パンであるバンズがご飯の代わりを果たしますが、KFCは「おかず」であるチキンをメインに、セットで選べるのは「おかず」のポテト。ビスケットはパンの一種ですが、シロップをかけるのでデザート扱いされ、ともすると「子供向け」の扱い

 KFCにも「チキンフィレサンド」というバーガーがありますが、KFCに来るからには「オリジナルチキンを食べたい」と思う人が大半で、僕がKFCでバイトをしていた時も、フィレサンドを注文されるお客さんは希少といっても良いくらいでした。

 それで、チキンだけでお腹を満たそうとすると、1p200円なので、2つ買うとそれだけで400円。
 かつてのケンタッキーのセットは、チキン2pにポテトとドリンクで800円くらいの値段がしました。
 実質おかずとドリンクだけでこの値段なら「高い」と思われるのは当然でしょう。

 じゃあ、KFCでライスを売れば良かったのか? というと、そう簡単ではありません。

 KFCの味は、オレガノを中心としたハーブを前面に出したフレーバーなので、ご飯に合わせることに抵抗を持つ人は多かったのです。
 個人的にはケンタッキーでご飯を食べるのは全然アリですし、特にコロナ以降はケンタッキーご飯という食べ方が市民権を得たようですが、かつては「気持ち悪い」という人も少なくありませんでした。
 
圧力フライヤーによって衣までしっとり柔らかく仕上げられたのも、苦手な人がいました。
 日本人にとってフライ物といえば「唐揚げ」や「天ぷら」のように表面が「カリ」っとしているのがイメージなので、KFCの「ニュルっ」とした衣とご飯を合わせるのは抵抗を感じる、という話は良く耳にしました。

 これが先の「日本人はフライドチキンをあまり食べない」「高い」イメージにもつながります。

 フライドチキンはご飯のおかずにならないから、食事として選択肢に入る機会が少ない。
 チキンだけでお腹いっぱい食べようとしたら高くつくし、そもそもチキンだけじゃ満足できない。

 というわけで結局、「ケンタッキーに食べに行っても、フライドチキンオンリーで食事をした気にならず、それなのに値段は食事並かそれ以上に高くつく」というのが、多くの日本人の印象だったと思います。

 ただ、「フライドチキン単体」としての評価は高かったので、日本でのKFCのポジションは、クリスマスのようなイベントや、何か特別な時の「おみやげ屋」だったのです。

 つまり、「ケンタッキーフライドチキン」という業態は、マックやモスバーガーといったFF業界の一つとして数えられますが、そもそも日本人の食生活の位置づけとしては、全く別種の位置づけだった、ということです。

●万年負け組だったKFC

 KFCはそうした「弱点」により、バブル崩壊後以降は長らく「負け組」状態にありました。

 日本経済はデフレ化が進む中、年々材料費や人件費は上昇し、KFCはチキン単体を売るという商売の性質上、原価が縛られているので、値下げをすることもできずにずっと苦しんでいました。

 2000年になると、FF業界ではマックが69円バーガーを打ち出し、その後もチキンクリスプバーガーを100円で販売したり、コンビニ各社が150円前後でフライドチキンを売り出してヒットし、牛丼は一杯290円という時代になりました。
 一方、KFCは相変わらずチキン1個を200円・チキンバーガーを350円くらいで売っていたので、KFCは身の程知らずに強気だとか、殿様商売だと批判されることもありました。

 また、「しょせんフライドチキンは日本人の主食になり得ない」と言われ、フライドチキンしか売ることができないKFCは、近いうちに日本では衰退・縮小すると言っていた人も少なくありませんでした。
 牛丼屋なんかも似たようなことを言われていましたよね。
 牛丼しか売る物がない吉野屋はダメだ、すき家や松屋のように、バラエティメニューや定食を売らないとだめだ、単品メニューだけで通用した時代は終わった、と。
 それで実際、吉野屋も一時期メニューが迷走したり、KFCでもチキン以外のものを売ろうとしたりと、悪戦苦闘を強いられていました。

●KFCを蘇らせた500円ランチ

 そんなKFCを復活させたのが、2018年に導入された500円ランチです。
 
しかし、これをただ「安くしたから売れた」とだけで見るのは、早計です。

 500円ランチのセットの内容は、

 ・チキン1ピース
 ・ポテト
 ・ビスケット
 ・ドリンク

 という内容。
 これってよくよく見ると、単なる「安売り」というより、食事として成立した構成になっているのです。
 メインとしてチキン1ピース、おかずと主食の中間的存在のポテト、そしてデザート的なビスケットですが、この「ビスケット」が、パンの代わりとなって、結果的に食べた人のお腹に満足度をもたらしたのです。
 この要素が、KFC復活のキーファクターだと思います。

 このことを、KFCの人がどれだけ意識していたかはわかりません。
 この構成にしたのはおそらく単純に原価でしょう。
 ポテト・ドリンクの原価が安いのは言うまでもありませんが、小麦粉を主原料とするビスケットも原価が低い。
 500円という価格設定にするにはこの構成しかなかったのでしょうけれど、このことが功を奏しました。

 こうしたセットの組み合わせは、それまでに存在していなかったわけではありませんでした。
 しかし、先述した通り、多くの日本人にとって、KFCは「フライドチキン屋」であって、食事をする店としての使い方が難しい店でした。
 フライドチキンはフライドチキンであって、おかずではない。ポテトはポテトであり、ビスケットは子供向けのデザート。
 普通ならこんな頼み方で「食事」をしようとは思われない。KFCでお腹いっぱい食事をするイメージがわかないのです。

 しかし、KFCのチキンの味自体にはそれなりの定評がありました。
 このセットを打ち出したことによって、
 「へー、ケンタッキーが
ランチ? 肝心のチキンは1ピースだけだけど、まあ、500円なら試しに食べてみるか」
 と消費者に思わせたことが、成功につながったのでしょう。

 顧客誘因という点では、500円という価格設定は大成功です。

 そして、食べてみたところ、意外と満足感がある。
 そりゃそうですよ。
 メイン料理として鶏肉1ピースに、炭水化物のポテト、そしてパンの代わりの炭水化物のビスケットがつき、そこにドリンクもつくわけですから。
 1ピースでは物足りないという人は、チキンを1ピース追加して700円ちょっと。これなら大人の男性でもそこそこ満足できるレベルに食事が成立します。
 最近はラーメン1杯700円する時代なので、価格的にも決して高いとまではいかない。
 時代がKFCの価格に追いついてきたのもあるでしょう。

 つまりこのランチの成功の本質は、「安売り」というより、「食べ方の提案」に成功したのだと思います。

 もちろんその誘因には、「今日、ケンタッキーにしない?」という高畑充希さんのCMも後押しとして大きいと思います。
 ただ、ネットでよく見る分析では、このCMの影響をとりわけ大きく評価しているように思えますが、確かにこのCMの効果はあるものの、KFC復活の本質は

 「フライドチキンでも炭水化物を合わせりゃ十分食事になる」

ということを、顧客に認知させたことであって、CM自体を復活の主要因のようにとらえるのは、少し本質からずれるように思います。

 CMに好感度の高い芸能人を使ったり、値段を安くしただけで業績が回復するなら苦労はしませんし、それで得られる効果なんて一時的なものに過ぎません。

 継続的な回復につながったのは、CMと価格で誘引しながらも、「ケンタッキーの使い方」を消費者を体験させたということがリピーター獲得になったのでしょう。

 もちろん、この500円という価格設定とCMによって、特別な時じゃないと足が向かなかった顧客に足を運ばせたことには違いなく、そうして「ケンタッキーの使い方がわからなかった一見客にケンタッキーの使い方を認識させた」のだと思います。

 KFCの広報の発表や、コンサルの分析なんかでは、「安価なランチと好感度の高いCMによってKFCの存在を身近にし、夜の単品需要増にもつながった」などと、もっともらしく書いている人ばかりだが、それは適当ではないと思う。もちろん、その一面もあるだろうが、それはあくまで一部分だと思う。
 なぜなら、そんな手法は珍しい手法でもなんでもなく、どこの企業も、KFCだってこれまでにもクーポンなど実施したり、旬のタレントをCMを起用して似たようなことは幾度となくやってきているからです。
 それで客が劇的に増えるのなら、とっくの昔に夜の顧客が定着し、常に安定経営できていたはず。

 繰り返しになりますが、KFCって、使い方の難しい店だったんですよ。
 ハレの日のおみやげには使えることはわかっていても、普段、どんな使い方をして良いかがわからない店だったんです。
 値段も高いイメージがあるだけに、ふらっと行く気にもなれない。
 行ったところで、チキンしかないので、メシを食べた気にもなれない。

 ファーストフード店と位置づけられますが、バーガー屋とも、牛丼屋とも違い、惣菜屋とも違う。
 ただ、味には定評があった。
 だから、機会があれば食べてみたいと思われてはいたが、結局KFCをチョイスしてもらえのはクリスマスくらいしかなかった。

 それがようやく、「ケンタッキーフライドチキンという店単体でも食事に使える店ということが日本人に認知された」ということです。

●コロナが開花させたKFCの可能性

 そして、そのKFCをさらなる高みの領域に導いたのが、コロナによるテイクアウト需要でしょう。

 コロナによって、KFCに限らず多くのテイクアウト業態の需要が爆発しましたが、とりわけKFCを爆発させたのは、まさしく「KFCの使い方」を、より日本人に発展・開花させたからだと思います。

 先述の通り、「フライドチキン」は、長らく「ご飯にならない」という先入観をもたれていました。
 しかし、コロナによる強制的な自宅での食事機会の増加により、各家庭において、様々な食べ方が試されたことでしょう。
 毎日同じ食べ方をしてもつまらないので、色々な食べ方を試したり、余ってるから何かと合わせてみたら美味しかった、とか、youtubeで色々な工夫の仕方を知ったり。

 特にコロナ以降、youtuberをはじめとして、SNSの配信も爆発的に増加したため、料理のアレンジ投稿の多様性には目を見張るものがありく、「ケンタッキーフライドチキンの炊き込みご飯」など、アレンジメニューが無数にアップされていて、そういったものも、KFCの可能性を大きく広げたと思います。

 こうした複合的な現象の結果、「ケンタッキーフライドチキンはご飯にもおかずにもなる」という認識から「ケンタッキーのチキンの活用方法」にまで発展して広まり、KFCの業績が上昇・定着し、いまだに勢いが衰えないのだと思います。

 もちろん、こうした成功のベースにあるのは、KFCの唯一無二の品質にあることは言うまでもありません。
 多くの人から支持されている味だからこそ、成立した現象。
 KFCはマックといったFF業界の1つに数えられますが、そもそもバーガー屋とは競合しておらず、「フライドチキン」という単独の領域だったと考えられます。
 そういう意味では、KFCの復活は、競合他社に勝利したのではなく、「日本人におけるフライドチキンの限界点を打ち破った」といえるように感じます。

 ただ、味の上では高いポテンシャルを持ちながらも、長い間「負け組」で、日本人の食卓にレギュラーとして浸透するのに40年以上かかったのは、何とも興味深いと思います。

 そもそも、食事の取り合わせは、先入観によるものが大きい。
 たとえば、洋食の「クリームシチューにご飯があうか?」というと、「牛乳とご飯なんて気持ち悪い」という人は一定数いると思います。
 しかし、ホワイトソースとご飯が合わないなら、「ドリア」も気持ち悪いはずですが、そう言う人は少数です。
 結局は慣れや先入観なので、「ケンタッキーのフライドチキンはご飯にならない・ご飯のおかずにならない」というのは先入観に過ぎず、それをぶち壊すきっかけだけの問題だったのでしょう。

 そのきっかけが、まず2018年のランチであり、そしてコロナによるテイクアウト需要により、料理のアレンジ活動が活性化したことでKFCの可能性がさらに広まった、ということです。

 

 

 


 →TOPへ