スーツの歴史を知って、デザインや生地選びもなかなか面白いものだとわかってくると、強く思うのが日本の繊維業に頑張ってほしいなあ、ということです。
御幸毛織を応援する繊維業界は、かつては日本の主要産業で輸出品でした。
戦前は国策としても支援されて産業基盤が強化され、戦後も日本の経済復興の重要な産業となり、大きな貿易黒字を生んでいました。
その中でトップ企業は、今では化粧品などでブランド名のみ名を残すだけの、カネボウです。戦後しばらくして、安くて質の高い日本の綿製品がアメリカであまりにも売れ過ぎたため、貿易摩擦が発生しました。
その結果、1950年末には、アメリカの強い要請により日米綿製品協定が結ばれ、日本の綿製品の輸出を自主規制することになります。
1970年代になると、日本の繊維業界はさらに縮小させられることになりました。
「糸で縄を買う」と言われたように、アメリカに対する沖縄返還のカードとして、政治交渉にも用いられたのです。そして1980年代になると、日本国内では労働紛争が盛んになり、工場勤務者の賃金が上昇すると、労働力の安い生産拠点の中国化が進んで国内での生産は減少し、さらにバブル後半の円高進行により、日本の輸出業自体が打撃を受け、繊維業界は完全に衰退してしまいました。
これは、日本の経済・社会の近代化の結果として、仕方のないことだとは思います。しかし、日本の毛織技術は、世界でもトップクラスの高い技術を持っているのです。
縫製技術もしかりで、日本製の服は、中国製なんかとは比べ物にならなくらい質は高く、イギリスやイタリアよりも技術は上と言われ、例えばイギリスのデザイナーズ・ブランドのポール・スミスの服などでも、本国のイギリス製(またはイタリア製)より、日本製のほうが質は高いと言われています。(なお、日本で売られているものが日本製というわけではありません)日本の繊維業界が衰退した理由には歴史的必然とも言える部分もありますが、過ぎたことを言ってもはじまりません。
大事なのはこれからです。
せっかく高い技術があるのだから、主要産業のようにはならなくとも、何らかの形で、世界に誇れる産業として振興出来ないものか?繊維、すなわち「衣類」というのは、人間の暮らしに不可欠な「衣・食・住」の一つであり、文化的な側面から見ても、老若男女のファッションの最大の関心ごとです。
その分野で日本に優れた技術があるにも関わらず、外国の企業に儲けさせるのは、残念でなりません。僕は以前、「御幸毛織」という名古屋の老舗服地メーカーの生地でスーツを作りましたが、とても満足の行く素晴らしい生地でした。
しかも、値段は決して高くない。むしろコスパは高い。そんなわけで、僕は御幸毛織を全力で推したいのですが、日本のメーカーにこんなに素晴らしい生地があるというのに、そのへんの大手量販店やセレクトショップは、カノニコやレダといった、舶来生地のブランドばかりを重用します。
まあ、日本人は西洋のブランドに弱いので、仕方ない部分はあると思います。
ですが、アパレルショップと繊維業界というのは表裏一体の関係なわけですから、日本のブランドを推進して世に広めるくらいの気概を持ってやってほしいように思います。セレショの成り立ちを考えると、海外のファッション・文化からセレクトして紹介するのが本来のコンセプトなのはわかりますが、今や時代は変わったと思います。
今ではヨーロッパもアメリカも遠く憧れの国でもなんでもなく、学生ですらちょっとバイトでお金を貯めていく程度のものだし、日本に居ながらにしてもインターネットでいくらでも簡単に情報が手に入ります。そんな時代にあっては、欧米のブランドにかぶれず、「本当に良い物」という視点から、日本のブランドでも「良い物」をセレクトして、それを伝道する役割を果たして欲しいと思うのです。
もちろん、色鮮やかで個性的なデザインの生地となると、日本のメーカーは苦手なのはわかります。
ちなみに、日本の生地は何故地味なものばかりなのかを業界の人に聞いてみたところ、日本でそうした色鮮やかなスーツやジャケットなんてものは、芸能人とか音楽関係者のような、ごく一部の人々にしか需要がないので、そういう生地は生産効率が悪く、商売にならないからだそうです。
それについては、言われてみれば確かにそうかな、と思います。その点、イタリアの生地などは、ロロピアーナにしてもレダにしても、色鮮やかで華やかな生地が多くラインナップされてますし、特にタリア・デルフィノなんかは、とってもお洒落で綺麗な色・デザインの生地を沢山作っています。
ゼニアやドーメルなどの、独特のしなやかで気品のある風合いや、繊維も細くしなやかで、あの独特の滑らかな手触りは、外国の生地ならではだと思います。
そうした生地のスーツやテーラードジャケットが欲しいとなると、船舶生地になってしまうのは仕方ないと思います。ですが、船舶生地といっても、大して個性的でもない生地も多い。
実際、最近人気の「カノニコ」にしたって、実際にそのクオリティはピンキリで、安価なスーツに使われているカノニコなんて、ほんと大した生地じゃないと思うんですよね。
安くてもイタリア生地らしさが出てればまだわかりますが、「こういう生地ならイタリア生地じゃなくていいじゃん」、って思うような生地で作られたスーツやジャケットが、多くの量販店やセレショで売られています。また、スーツの本場・イギリスの場合、ホーランドシェリーなんかはバラエティ豊かな生地を扱っていますが、その他の多くのメーカーの生地は、全体的にくすんだ色合いの、地味なものが主流で、目付もしっかりしていて、重厚です。
そういうタイプの生地となれば、日本の生地だって負けていません。
日本では地味な生地のほうが売れるというのならなおのこと、「それなら日本の生地でいいじゃん!」って思います。
実際、日本のスーツの量販店やセレショに行ったって、吊るしてあるスーツのほとんどは、チャコールグレーやネイビーの、地味な色合いのばかりです。
そういうスーツなら、何も船舶生地を有難がる必要はありません。
御幸毛織の「ミユキテックス」や「シャリック」なんかを並べて、店員さんは、そのブランドの良さをもっと語ってくれよ!と思ったりするわけです。洋物ブランドのほうが売れるからそうしてるんでしょうけど、そんなんじゃ、やっぱり日本人って情けないなあ…って思います。
もっとも、実際には御幸毛織に限らず、日本には優れた繊維メーカーがまだまだあるのですが、支持が分散してしまうと効果が薄いと思うので、とりあえず僕は御幸毛織さんを単推ししています。
御幸毛織さんはコスパは良いとは言っても、レベルが高いだけに、安いとは言えませんが、ゼニアやロロピアーナといった高級舶来生地に比べれば高くはありません。
日本中のスーツ販売店・セレショが連携して御幸毛織を全面プッシュし、日本中のビジネスマンが、御幸毛織ブランドの良さを理解し、御幸毛織が流行するようになって、「やっぱスーツはミユキだろ」なんてトレンドが生まれれば、御幸毛織の売上と生産力が向上し、そうしてブランド力が上昇して名声が広まるとともに、海外での競争力までついて、日本の貿易黒字が増えて日本経済が潤い…なんてことを妄想している今日この頃です。