水木しげるの戦争漫画A

 yahooニュースで、野坂昭如さんの『蛍の墓』の記事が出ていました。
 それに対するコメントとして、戦争を知らない世代は、「『蛍の墓』を読んでも涙しない、これはまずい、戦争の酷さをしっかり伝えなければ」、といったコメントがあるかと思えば、「そんなの個人の勝手だ」とか、色々な意見がかわされていました。

 それを見て僕は、戦争を知らない世代の人には、『蛍の墓』よりも、水木しげるさんの戦争漫画を読んで欲しいと、あらためて思いました。

 決して『蛍の墓』を評価してないわけではありません。
 もちろんこれも、後世に伝えるべき作品の一つだと思います。
 
けれど、戦争が遠い昔の出来事になってしまった今となっては、お涙頂戴ドラマの娯楽作品と同類に受け止められ、そうした低俗な範疇で、面白い・面白くない、といった判断をされてしまうのが心配なのです。

 一方、同じように戦争を描いたものでも、水木しげるさんの戦争漫画は、戦争の酷さがストレートに表現されているので、娯楽作品として受け止められることはないだろうと思います。

 戦争を知らない世代の人は、『総員玉砕せよ』『コミック昭和史』といった水木さんの作品を、絶対に読むべきだと思う。

 水木しげるさんの戦争物には、格好良いシーンも、感動シーンも、哀しいシーンも、一切ありません。
 読んで残るのは、どうしようもない不愉快さと、腹立たしさです。

 一方、世に多くある戦記物の多くは、美談やドラマチックに仕立てられたものばかりのように思います。
 でも、それでは戦争の悲惨さが本当の意味で伝わらないように思うのです。

 水木さんは、若い頃から戦争漫画を描きたいと思っていたそうです。
 それも、自身がラバウルで体験した、格好良いシーンなど一切ない、生々しい戦場の話を。
 けれど、その当時にあった戦争ものは、主人公が活躍する英雄譚のようなものや、冒険物的なものばかりで、そうでなければ描かせてもらえなかったそうです。(売れないから)

 なので、まだヒット作のなかった若い頃の水木さんは、生活に余裕もなかったので、金にならない漫画は描きたくても描けなかった。
 しかし、世にある勇ましい主人公が活躍するような戦争物は、あんなのは本当の戦争じゃない、だから自分は本当の戦争を描きたい、といったことを、どこかのインタビューで話されていました。

 そして、ゲゲゲの鬼太郎や悪魔くんなどをヒットさせ、妖怪物の権威となってから、ようやく本来書きたかった戦記物を描きます。
 それが、『総員玉砕せよ』に代表される、戦場シリーズです。
 
 水木さんは、コミック昭和史の最後を、こう締めくくっています。

 「みな、腹をすかせて死んでいった」

 この言葉が、水木さんの戦争観を端的に表していると思います。

 戦記物、というと、戦いが中心になりがちで、その中でのエピソードがメインになりがちです。
 しかし、水木さんの戦記物は、弾丸や爆弾といった戦い以前に、多くの兵士たちが飢えと病気に苦しんで死んでいったり、理不尽な上官によって死にに行かされていくといった、本当の意味での「戦地」を描かれています。
 左翼思想とか、そんなイデオロギー的なものではありません。
 水木さんは、ただひだすら、そうした悲惨でしかなかった戦争を、とことん憎んでいるのです。

 アメリカ人にとっての戦争はそうでなかったかもしれない。
 けど、日本にとってはそれが事実であり、資源のない日本では、おそらくこの先もそれは変わらない。

 でも、そんなことは考えればわかるはずなのに、軍部は一度はじめた戦争をひっこめることができなかった。
 しかも、死ぬことが名誉だと、無理やり美談に仕立て上げて、多くの兵士を死にに行かせた。

 最も酷いのは、水木さんのいた部隊の中隊長は、無駄死にはさせたくないと、部隊の兵士を撤退させたのに、上官たちは「玉砕したはずの兵隊が生きてた、なんてことが知れたら恥さらしだ」といって、自分たちのメンツを守ることにこだわり、生き残った責任として下士官を銃殺し、兵士たちを再度玉砕しに行かせました。

 意味が分からない。
 読んでいて、これほどまでに不快なものはありません。
 この話は事実で、この戦いから生き残られた方が、別のインタビューで同じ話をされています。

 感動するシーンも、泣かせるようなシーンも、敵役を倒してすっきりするようなシーンも、一切ありません。
 読んでいて、ひたすらつらい。
 でも、それが現実の戦争だったんだろうと思います。

 ちなみに、水木さんの戦記漫画は、娯楽性が低いためか日本ではあまり売れてないかも知れませんが、海外では評価が高く、色々な賞を獲られています。

 一人でも多くの人に、水木しげるさんの戦場シリーズを読んでほしいと思います。
 

 


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