セロニアスモンクは下手なのか
 

 モダンジャズ好きなら一度は通るだろう議論。
 日本に限らず、世界中のジャズファンの間で昔から
議論がされていますが、結論は出ています。

 あくまで「ピアノを弾くテクニック」という点で、モンクの技術は普通レベルで「下手」ではありません。
 巧いかと言ったらそうではないと思いますが、よく言われる「ヘタウマ」とか、下手くそだからぎこちないとか、適当に弾くことで生まれるおかしな音運びが独特の雰囲気を作り出している、といった解釈は間違いです。

 論より証拠。
 これを聴けば、モンクが普通にピアノを弾けることがわかります。

 →セロニアスモンクの初期の録音・"Fly'in Hawk" 

 これは、セロニアスモンクがまだ無名だった頃に、スウィング時代の名プレイヤー、コールマン・ホーキンズに見い出されて録音した演奏です。

 聴けばおわかりのように、サックスのソロを普通にバッキングし、ソロも弾いています。
 モンクについてよく言われる、「変な音を出してソロの邪魔をする」「ヘタだから音数が少ない」「バッキングを放棄して弾かない」
といったことはなく、初期のモンクは普通にピアノを弾いていたのです。

 むしろ、これを聴いてピアノがモンクだと気付く人は多くないでしょう。
 ソロの1'47''のところの「ピロロロン」「ピロロロン」といったフレーズや、終わりにでてくる、バップ理論から外れた音を用いた先鋭的なドミナントのアルペジオにモンク節が出ているので、モンク好きならこうした部分で「このピアノ、モンクっぽくない?」と気付くかもしれません。

 オスカーピーターソンやチックコリアのような高度なテクニシャンではないですが、ジャズピアニストとしては普通レベルです。ちゃんとバップを理解したコード・スケールを採っていることもわかります。

 ただ、この時の演奏でもすでに片鱗が出ているように、モンクは他のプレーヤーとは異なる感性を持っていて、それがキャリアとともにどんどん発展し、ジャズのセオリーから外れて変な音やリズムを出すようになっていったため、「へたくそ」と誤解されるようになったのです。

 おそらくモンクは、バップやモードで用いられていた音使いや響きだけでは満足できなかったのでしょう。
 もともとジャズ自体が、クラシックの伝統的な和声理論に縛られず、代理コードやテンションノートを多用したり、コードを積み重ねたりすることで、クラシックにはない複雑で濁ったトーンを生み出し、新しい世界観を作り出しました。
 
ただ、ジャズをやっていればわかりますが、ジャズは自由奔放なように思えて、実際は規則性があり、ジャズなりに調和した響きとスケールのパターンを持っています。
 だから、ジャズを聴けば「これはジャズの響き」という印象がはっきりとあるし、ジャズ理論を学べば、同じようなジャズの響きを生み出せるのです。

 しかしモンクは、普通のジャズの範疇にあきたらず、より強烈な濁りやアクセントを求めて、半音の不協和音や、通常のスケールから外れた音運びを使いまくり、そうした変則的な音をどんどん多用するようになりました。
 ジャズは適当にやってるようでルールにのっとって演奏しているので、そのルールから外れた音には違和感が生じ、ジャズの世界ではそうした音のことを「アウト」といったりしますが、モンクはその「アウト」にあたる音を乱発するのです。

 なので、それをちょっと聴いただけだと「ミスタッチ」「適当に弾いてるだけ」と思われてしまうのですが、初期は普通に弾けていたことから、中期以降のモンクが変な音を乱発しているのは意図的だったことが明らかで、さらに、そんな弾き方をしたらそりゃまともに鍵盤狙えないでしょ、と言いたくなるような動きで弾いたりしていたことから、偶発的な異音も意図的に発生させ、その響きも利用してモンクのアイデンティティを確立していったのです。

 こうした「変な音」が生み出す世界観の影響を強く受けた他のプレイヤーには、バド・パウエルがいます。
 バド・パウエルはモンクと親交が深く、ジャズ理論をモンクから学んだとも言われています。

 ここで、そんなバド・パウエルの特徴がわかる演奏も紹介します。

  →"Bouncing With Bud"

 いかがでしょうか?
 Aの部分では普通にバッキングをしていたかと思ったら、Bでピアノがテーマをとると、わけのわからないコード(明らかに不協和音混じり)を弾きまくります。
 ソロ部分の演奏でわかる通り、ピアノ技術はしっかりしていますが、それはそれとして「変な音」も好んで多用するのがバド・パウエルです。

 バド・パウエルらしさが全力で出ている曲にはこんな曲もあります。

  →Un Poco Loco

 これも僕の大好きな曲ですが、好き嫌いが分れる曲だと思います(笑)
 
メロディーなのか何なのか分からない、しかも不協和音が混じりまくり濁りまくりの和音。
 しかしそれがBに入ると一転、ムード音楽のように綺麗な響きを多用した旋律になるという、静と動のようなコントラスト。
 そしてそれがAに戻る直前に、再び崩壊したドミナントをドシャーンと鳴らす(笑)

 こうした「静」と「動」のような流れはモンクも得意としていて、特にバラードなどでよく用いられていました。
 メロディーやアドリブでは変な音と変なリズムを連発し、異様な緊張感と不安感をかきたてて聴き手をダークな気持ちにさせておいて、突然一転してジャズらしくないシンプルな三和音の響きでフレーズを締めくくったりする。

 この「変なアドリブ」と「単純な演奏」の組み合わせが、素人っぽく聴こえてしまう理由でもある気がしますが、このモンクの変な音運びにはまると、次第にやみつきになって抜けられなくなるのです(笑)
 モンクにはまったディープなファンになると、普通のジャズピアノが物足りなさすぎて聴けなくなる、という人もいるくらいです。

 僕がはじめてモンクを聴いたのは、アートブレイキーと共演した「ラウンド・ミッドナイト」のライブ演奏でしたが、当時の自分はまだ中学生で、モンクのことはもちろんジャズのこともよくわかっていませんでしたが、モンクの奏でる不思議な世界観の虜になり、何度も何度も繰り返し聴いたのを覚えています。

 個人的にはスロー気味の曲やバラードにこそモンクの真骨頂があると思っていて、次に紹介する演奏も、モンクの良さが十分に感じられる名演だと思います。

 →Don't blame me

 いかがでしょうか?
 高度なテクニックを披露してはいませんが、少なくともピアノをまともに弾けない素人にできる演奏ではありません。
 面白いのは、右手では不協和音を乱発するのに、左手の伴奏には変則的な音の運びはなく、一定の伴奏をずっと弾いています。
 これを観ても、やはりモンクは意図して普通の音と変な音と弾き分けていることがわかります。

 バド・パウエルも変な音や響きを多用するので、良さがわからない、理解できない、という人は少なくないようで、こうしたプレイには評価が分れるのは仕方ないとは思います。意図的であろうと、結果的によくわからない音を多用するモンクのピアノが良さがわからない、というのは、それはそれで好みだと思います。
 モンクの演奏が理解できないからといって「ジャズを分かってない」とかいうつもりは全くありませんが、とりあえずモンクが素人同然のへたくそピアニストだったわけではない、ということはおわかりいただけたのではないでしょうか。

 

 


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