のだめカンタービレ
 

 2000年代に漫画・ドラマで大人気になった、二ノ宮和子さんの「のだめカンタービレ」を、久しぶりに読破しました。

 やっぱり面白い。
 人気になるだけのことはある。(上から目線)

 トータルでは「コメディ」に属しますが、ストーリーもしっかりしていて、恋愛とシリアスの中身もすごく良く出来てる。
 そして、音楽ネタも意外としっかりしていて、クラシックの演奏経験者でも楽しめるマニアックさが秀逸。

 作者の二ノ宮さんは、元々クラシックに詳しいわけでも何でもなかったそうです。
 だから、クラシックに関する情報・資料は専門家にインタビューし、それを素材に物を構築されたそうで、そうした創作姿勢だったからこそコメディでありがらもリアリティが共存できたのでしょう。

 漫画もいいけどドラマも良かった!
 正直、ドラマ化が決まった時は、無理だろって思った。
 こうした、ちょっとクセのあるコメディは実写にすると冷めると思ってたので、最初は観る気がしなかったのですが、あまりに話題になっていたので観たところ、予想外に演技がコメディにはまっていました。

 まず、千秋先輩役の玉木宏さんが最高に格好良すぎ。
 あの「イケメン王様キャラ」のイメージを壊さずに
演じられるのって、ただイケメンなだけでは成立しない。
 それを玉木さんは、
王様っぷり、ツンデレぶり、完璧に見えてムッツリ不器用なところとか、絶妙にバランスを取りながら演じ分けられていました。
 物語の中で、千秋先輩がのだめに楽譜を投げつけたりしてキレる瞬間、原作では眼が白く描かれるのを、玉木さんは実際に白目をむいて演じていましたが、それは演出で指示があったのではなく、玉木さん自身がそうしたとインタビューで話されていました。
 そういう細かなこだわりが、リアルとコメディを合体させた世界観をうまく作り上げていたように思います。

 上野樹里さんも、のだめの変態キャラを、現実と非現実のギリギリのラインで見事に表現してましたね。
 この頃の上野さんはまだ、コメディばかりやっていた時代だったので、「上野樹里はのだめを素でやってるだけで、あんなの演技じゃない」と評する人が結構いたものですが、あんな素があるわけない(笑)
 
今では誰もが認める演技派女優になられましたが、上野さんでなければ、のだめキャラを実写で成立させることはできなかったかも知れません。寒い演技をしようものなら、ドラマ自体がコケてしまったかも知れませんね。

 この漫画、面白い場面は沢山ありますが、この作品の読みどころは、のだめがだんたん音楽に目覚めていくプロセスと、のだめと千秋先輩とのすれ違いっぷりだと思います。

 ネットで評価を見ていると、音大編(1〜9巻)、ヨーロッパ留学編(10巻〜)では、日本の音大編のほうが人気が高く、ヨーロッパ編は内容がマニアックすぎて物語に入り込めない、という感想が散見されますが、物語として深いのはヨーロッパ編だと思う。
 もちろん、日本編の後半、のだめが音楽に本格的に目覚め始め、コンクールを経てヨーロッパ留学する、という流れあってのことなので、単純にどっち、というわけではないのですが。

 もちろん序盤も最高に面白いけれど、はじめの頃はコメディ漫画としての楽しみが前面です。
 これはこれで、クラシック音楽を題材に、ここまではじけられるのかという面白味はありますが、物語が進み、特にのだめの成長に伴う音楽レベルの上昇に応じて、物語の深みも増していきます。

 この作品の何がいいって、成功と挫折が自然に織り交ぜられてる部分です。
 主人公だからといって無敵ではなく、千秋も、のだめも、色んなところで壁にぶつかり、本番ですら大失敗もします。
 主人公だけで無く、周りの主要キャラ達も、ご都合主義的な展開ばかりでなく、普通にコンクール本番でミスって落選したりします。
 ただ、登場人物たちは、それらにきちんと向かい合っていくところがいい。

 もっとも、千秋先輩は音楽についてはかなり無双しますが、その分、恋愛では失敗だらけ。
 そのバランス感が絶妙なんですよね。

 最初の出会いの部分だけ見ると、のだめのほうが、王子様の千秋先輩を一方的に追いかけて、千秋先輩は追いかけられる側のはずなんですが、気がつけば追いかけているのは千秋先輩という、その構図がなんともいえず楽しく、ドキドキさせられます。

 この漫画の主人公は、のだめと千秋先輩の二人ですが、題名に反して、メインの主人公は千秋先輩です。

 この物語形式は、シャーロックホームズスタイルですね。
 存在としての主人公はホームズですが、語り手はワトソンであり、ワトソンが語ることによって、ホームズは主人公として神がかり的な魅力を放つという。

 のだめカンタービレも、作品の象徴としての主人公はのだめですが、最初から最後まで、のだめ自身の心理描写はほとんどありません。
 あくまでも千秋の眼を通して存在する「のだめ」であり、それがのだめの不思議感や天才感を演出しているんだと思います。

 のだめが本音を語ってしまったら、きっとのだめの魅力は失われたでしょう。

 一方、完璧な存在のような千秋先輩のほうが、ずっと心理描写がされ、本人の葛藤やジレンマ、苦悩、そしてのだめへの想いが描かれます。

 で、その千秋先輩の、のだめへの想いの空回りっぷりが、最高なんです。

 この千秋先輩のズレ方って、「女子からみた男ってこう見られているんだろうなあ」って感じバリバリなんですよねー
 でも、悔しいけどそれが結構当たってるという(笑)
 そこが、男が読んでもなかなかリアルに感じられるところ。

 そうなんです。
 男って、女子の悩みや表情の本音を読み取れないんですよ。
 そして、自分勝手に振る舞っている時に、実はそれを支えてくれてる優しさには気付かず、自分勝手に甘えたいタイミングで甘えようとして、ダメだしされる。
 一方、彼女がSOSを出している時には全く気付かず、構われて欲しくないときに余計なおせっかいをして拒否られるという。

 いやー、絶妙(笑)

 のだめって、千秋先輩にメロメロに見えて、実は結構冷静なんですよね。
 これはこれで、リアルに女子っぽい。
 脳天気で天然の自然児のように見えて、実は千秋先輩の心情をきちんと把握し、押しかけ女房のフリをしながら、千秋がそれを実は受け入れてることにちゃんと気付いてる計算高さを持ち合わせてる。
 普段は千秋のプライドを尊重して王様っぷりに甘んじてるけど、千秋の身勝手さには正面からダメだしするし、うまく転がしている部分もある。

 男って、表面的な部分で安心しきって、必要なところで女の子へのケアを疎かにし、ズれたところで強引についてこさそうとするんだけど、この千秋先輩がまさにそれ。

 少女漫画なのに、男の性質を見事についてますなあ(笑)
 もっとも、男だって実際はもうちょっと複雑ですけどね。
 千秋先輩は、のだめに対する自分自身の気持ちに気付くのがめちゃくちゃ遅いですが、半同棲状態にまでなっておきながら、あそこまで自分に気付かない男はさすがにいないと思う。
 でもそこは、あまり正直すぎたら千秋先輩の魅力が下がってしまうし、先の読めない漫画としての面白さもなくなってしまうので、あれくらいの描写でちょうど良かったとは思う。

 ただ、何度となく二人をすれ違わせながら、破綻することなく、なぜああも上手にラストに結びつけられたんだろうと思ったら、どうやら作者の二ノ宮さんは、ラストまでのプロットをかなり早い段階で作られていたそうです。
 さすがです。

 蛇足的には、千秋先輩の設定を、世界的ピアニストと資産家の娘の一人息子にしたのも良かったと思う。
 というのも、クラシック音楽の世界は、とにかくお金がかかる。まして留学となるとなおさら。
 それを、いたかにも庶民的な主人公が、天才的才能によってトントン拍子に成功を積み重ねていく、とかになると、ウソっぽくて白けるからです。
 漫画とはいえ、クラシックに関わったことのある人なら、音大や音楽留学がいかに金がかかり、入りは少ない「道楽」の世界であるかを知ってるので、そこを抜いてキラキラした部分だけを描かれたら、何もかもが非現実に思えてしまいます。
 それを、千秋は金持の息子だからお金には困らない、とはっきり描いてるところも、リアリティを補う効果を生んでいると思います。

 あと好きな部分は、のだめの音楽の感じ方や、楽曲分析(アナリーゼ)の描写ですね。
 この漫画には色々なクラシックの曲が出てきますが、曲情景や雰囲気を「のだめ」が聴いた時に印象を通じて表現されることが多いのですが、それがなかなうまく表現されていて、読んでいて「そう、そう!」と思うことが多い。
 なので、絵と文字しかなくても、曲のテンションが伝わってくるんです。
 個人的に好きだったのは、ラフマニノフのピアノコンチェルトを聴いたのだめが衝撃を受け、そのテンションのまま千秋先輩と連弾するとこと。
 のだめは、冒頭のピアニシモをフォルテシモでバーンと始めるわけですが……わかる!!
 ラフマニノフの2番って、クラシックファンならご存じの通り、超絶的なまでにドラマチックな曲です。
 特のその神秘的なまでのはじまりの衝撃を、フォルテシモで表現したところが最高でした。

 楽曲分析の部分では、僕は学生自体にオーケストラで指揮者をやっていたので、総譜の研究をし、それこそベートーベンの曲を動機に分解して組み上げ、楽曲の構成や作曲者の意図を見極める、なんてことを結構真面目にやってました。

 漫画での描写は触り程度ではありますが、ストーリーの流れとして、千秋先輩が楽曲分析をのだめに理解させようとしたり、それをのだめが拒絶したり、けれどのだめの少しずつ理解していくところ、理屈は知らなくても感性で掴んでいるところとか、そういうやり取りがすごく楽しかったですね。

 聴いてる人からすれば、そんな理屈をもって演奏しようがしまいがわからないかも知れないし、自己満足な部分もあるかも知れないけれど、音楽をそうして捉えて表現すること自体が、クラシック音楽の楽しみ方だと思うんですよね。実際、ベートーベンは、本当に建築物の設計ように考え抜かれて曲を作っているので、分析すればするほど本当に面白い。

 よく、「作曲者の意図」と出てくるけれど、別にそんなことは知らなくても、センスさえ良ければ美しい演奏はできて、歌も歌える、という人もいるでしょう。

 でも、それはそれ。

 曲の作りから、作曲者はこんなことを考えてたんじゃないか、といった想いを馳せて、だからこう表現しよう、ここはもっと冷たい無機質な音にしよう、豊かな表現にしようとか考え、それを音にのせていく、ということ自体が楽しいんですよね。
 物語終盤、成長したのだめが、細かく楽曲の解説をする千秋先輩に、それ以上言わないでください! どう感じるかはのだめのものです! と言うシーンは、すごくグっと来ましたね。

 自分は音楽から遠ざかってしまったので、音楽をやっていた頃の、そんなことを思い出させてくれる漫画でした。

 クラシックをやっていた人はもちろん、クラシックはやっていなくても、音楽に関わる人なら、きっと読んで楽しい漫画だと思います。
 

 


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