千と千尋の神隠し

 もはや説明不要なくらい、スタジオジブリの最高傑作の一つとして名高いアニメ映画。

 宮崎駿監督は、キャラやストーリーを重視せず、情景やシーンを重視した映画作りをすると言われていますが、その宮崎スタイルの真骨頂が発揮された作品だと思います。

 この作品を一言で言うなら、「夢」だと思います。

 夢といっても、将来何になりたい、とかの夢ではなく、寝てる時に見る「夢」のほうです。

 親しみがあり、懐かしいようで、でも、見たことがなくて、不条理で辻褄が合わないことだらけなのに、夢の中ではそれを受け入れてしまう、不思議なストーリー。

 宮崎監督は、絶対、意識しているに違いないと思います。
 何より、序盤に千尋が「これは夢だ!夢だ!」と何度も叫ぶ瞬間。
 
そう、あそこで、この話が、そうした「夢の中の出来事のよう」と定義づけている瞬間です。

 まず、誰もいない商店街に、出来立ての食べ物が並んでいる不自然さ。
 そして、両親がそれを食べはじめて夢中になり、話しかけても、全く答えてくれない。

 あれ?何かおかしい。

 一見、現実世界の何とか電鉄だと思わせる鉄道。
 きっと、あれに乗れば、街に帰れそう。
 でも、ある時見ると、何故か線路は海に沈んで、それなのに、平然と電車は走ってる。

 あれ?やっぱり何かおかしい。

 現実と非現実が交錯する情景の連続。
 まさに、夢の中、そのもの。

 なんとシュールな映画!

 抽象的で意味が不可解なシュールではなく、すごく具体的で、現実的描写なのに、理論的にとらえようとすると、辻褄の合わない感。

 ううむ、よくぞこんな作品を創れたものだ。
 
 そして、やってきた船から降りてくるのは、八百万の神々だという。
 そう、僕らがよく見る夢の中の街も、もしかしたら、神の国か霊界なのかもしれない。

 千尋が紛れ込んだ場所について、ある物・起きる現象を理詰めで整理したり、理屈付けようとする人がいますが、そもそも宮崎監督は深く考えてないと思います。

 何故なら、宮崎監督はおそらく、この作品にそんなSF的な構成美は一切求めていなくて、単に「夢の世界」を映像化したに過ぎないからです。

 また、この物語を「千尋の成長物語」だと評する人が少なくないようですが、宮崎監督はそのことも否定しているそうです。

 自分も、そうではないと思います。
 確かに、作品の序盤では、千尋の非常識さを窘められるような説教臭い場面がちらほら出てくるし、最初に比べて後半の千尋は別人のようにしっかりした女の子になっています。

 でも、たぶんこれって、物語の進行上発生しているだけに過ぎず、その部分はこの物語において重要なファクターでも何でもないからです。

 僕は正直、宮崎監督のアニメはそれほど好きではありません。
 むしろアンチに近く、好きじゃない理由は、主人公たちが、人間離れした運動神経や、物理法則を無視した動きで危機を乗り切る瞬間がよく出てくるからです。

 アニメだから多少なりとデフォルメした表現になるのはわかるし、その手法こそが、「未来少年コナン」時代からの"宮崎駿らしさ"でもあるのですが、シリアス展開のストーリーで、ここぞという時にそれをされたら、え?そんなこと出来るんなら、何でもありじゃん…って思ってしまって、興醒めしてしまうわけです。

 でも、千と千尋は、最初から「夢かもしれない」展開だから、その不自然さが、不自然でなくなります。
 
宮崎監督の手法が最大限に活きていて、アンチ宮崎の僕ですら、その世界観に引き込まれました。

 漫画家のつげ義春さんの作品にも、夢の中の不条理な光景を描いたものはありましたが、あれは、単に不条理を視覚化しただけで、そこにドラマや楽しさは感じられません。

 でも、この千と千尋は、その夢の中のような不条理感と、ドキドキするドラマが見事に共存しています。

 それと、主人公を、さして可愛くない、平凡な女の子にしたのも秀逸です。

 確かに、可愛くない主人公だと、物語がはじまった瞬間は、魅力に欠けます。
 でも、作中での行動によって人間的魅力を発揮しきます。
 
この展開も、とっても素晴らしい。

 だいたい、宮崎アニメのヒロインは、可愛すぎる。
 いや、ヒロインが可愛いのは悪いことではないが、どう見ても可愛いのに、作中では「平凡な女の子」扱いになってるのが、なんかしらじらしい。

 このへん、なんか少女漫画的。

 その最たる例が「ハウルの動く城」で、主人公のソフィはどう見ても可愛く、のっけからナンパされたりしてるくせに、外見にコンプレックスがあって、私は可愛くないとか、美しかったことなんて一度もないとか、そんなセリフを吐かれても、むしろイヤミにしか聞こえない。

 そういう設定なら、ブサイクなキャラデザインにしろよと。
 
最初っから美少女で、現れる男性を次から次へと虜にしてるくせに、だから何?としか思えない。

 でも、千と千尋のように、見た目は平凡で、第一印象のルックスだけでは惹かれないのに、行動を通じてだんだん惹かれていく展開は、観ていてとても清々しい。

 最後に両親を見抜くシーンでも、何故わかったのかその理由や伏線を解明しようとする人がいますが、そんなのナンセンスな話です。
 僕も一瞬、「あれ?何か伏線あったっけ?見落とした?」と思いましたが、「ま、どっちでもいいか」と、正直どうでもよく感じました。
 おそらく、宮崎監督も、「千尋の勘」くらいでいいと思ってることでしょう。

 評判に誤りなし。
 日本の、いや世界のアニメ史に残る屈指の名作でしょう。

 

 


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