ビジネススーツの文化

 ビジネススーツの歴史って、結構面白い。
 もともと僕は、スーツなんて堅苦しいのであまり好きではなかったのですが、これだけ世界中に広まって定着するからにはそれなりの理由があるのか?と思って、歴史や文化を調べてみると、やはりこれだけ愛されるには相応の背景があることがわかり、そうなると着るのも楽しくなってくるので、不思議なものです。

 スーツは、元を辿ると中世期のヨーロッパで、大衆から軍人、貴族まで、色々な階層の人が普段着として着用していた、「フロックコート」なるものが源流だそうな。襟なんかは軍服から変化したものらしい。

 当時は、貴族の正装といっても、人それぞれ色々な格好をしていたのが、だんだんモーニングコートだとかテールコート(燕尾服)だとか定番の型が生まれ、それを短く着易くしたラウンジスーツというのが生まれて、それが今のスーツの原型になったらしい。

 そこから、イギリスの貴族の間で格好良いスーツを仕立てあうのが流行り、それがいつしか貴族階層の嗜みとなって、現在の英国紳士のスーツスタイルになったそうです。
 つまり、
スーツスタイルが確立した当時は、スーツは身分の高い人が着るものだったわけですね。

 そこから、スーツを着用することが素性卑しからぬことを示すこととなり、それがビジネスの世界でも、うさんくさい人間と思われないために、スーツを着用するようになったそうです。
 今でこそスーツは大量生産されて安価に手に入りますが、かつてはオーダーメイドして作るものだったので、当然高い買い物であり、きちんとしたスーツを着ているだけでも、ある程度まともな人物かどうかの目安になったみたいです。

 スーツが大衆化した今でも、高級レストランなどではジャケット・ネクタイ着用などがドレスコードとしてあるのは、高級レストランが富裕層の社交の場であった時代の名残というわけです。

 ちなみに、フォーマルな場でのワイシャツが「白」とされるのは、産業革命時のイギリスでは、外に出るとシャツがすぐに汚れたため、汚れの白いシャツをいつでも綺麗な状態で着こなす事が、ワイシャツを沢山持っている=クリーニングを頻繁に行えるということのアピール、つまり富裕層の証、というのもあったみたいですね。

 とまあ、ここまでは成立史のようなものですが、面白いのはここからです。

 十九世紀以降、多くのヨーロッパ人が、一旗あげようと開拓地アメリカに移民しました。
 多国籍混合の新興国であるアメリカが、短期間に力をつけるために歩んだ道は、徹底した合理主義です。
 このアメリカで、
イギリスで生まれたスーツスタイルは独自の「合理的」進化を遂げることになります。

 そこで登場するのが、ブルックス・ブラザーズ。
 このブルックスブラザーズこそ、アメリカン・トラディショナルの原点です。

 イギリスのスーツは、分厚い肩パッドで男性的な上半身を表現しつつウェストを絞るという、逆三角形のフォルムを形作るのが特徴です。
 生地や色合いは、気候が寒いことも背景としてありますが、目付きの良い重厚な生地を使い、色はジェントルマンらしくあざとい自己主張はせず、ネイビーやチャコールグレーといった、落ち着いたトーンを良しとするのがイギリスらしさです。

 一方、ブルックス・ブラザーズのスーツは、肩パッドはほどほどに丸みのある方のラインで、ウェストは絞るどころかむしろ寸胴のように太いボックス型といわれるフォルムが特徴です。
 
この全体的にゆったりとした作りは、どんな体型でも着る者を選ばないことを企図した、いかにも合理主義のアメリカらしいデザインで、最初は高級スーツというわけではなく、アメリカ全般で広く親しまれたそうです。

 もっとも、ウェストを絞らないスーツは「サックスーツ」といって、もともと存在してはいましたが、それを独自のデザインで確立して広め、アメリカのスタンダードとして定着させたのがブルックスブラザーズというわけです。
 それまでは、人ぞれぞれの体型に合わせてオーダーメイドして作るものだったスーツを、あまり体型を気にしなくてよい着こなし方を流行らせたことで、スーツの量産化を可能にし、広く普及させたのです。

 ボタンダウンシャツを生み出したのもブルックスブラザーズです。
 スーツの本場であるイギリスにはないスタイルであることから、日本のスーツマニアの中には、ボタンダウンシャツをフォーマルな装いとしては認めない、という人がいますが、それはあくまでイギリス偏重の視点です。

 アメリカへの移住者は、ヨーロッパで宗教的な理由で迫害されていた人々が主だったので、ヨーロッパへの対抗意識もあって、むしろアメリカで生まれたボックス型スーツとボタンダウンシャツを着てこそアメリカ人らしさ、という考えのアメリカ人も少なくないそうです。

 しかし、そこでさらに面白いのが、1930年代のアメリカのジャズメンが生み出した、ズート・スーツです。
 キャブ・キャロウェイなんかがよく着ていた服で、ジャケットの丈が非常に長く、上下ともにめちゃくちゃダボダボなのが特徴の、ある意味ふざけた感じのスーツです。
 何故
そんなスーツが生まれたかというと、ジャズを生み出した当時の黒人達は、アメリカ社会の中では差別され虐げられていたので、白人文化であるスーツをそのように崩すことで対抗意識を燃やしていたそうです。

 アメリカのスーツ自体が、ヨーロッパの伝統文化へのアンチテーゼとして独自進化したのに、それに対してさらに対抗意識を燃やしたスタイルがアメリカの中で生まれたというのは面白いです。
 しかも、それがイギリスに逆輸入されて、イギリスの1950年代の不良の「テッズファッション」(リーゼント頭にエドワードジャケットを着るというもの)に影響を与えたというのだから、本当に面白い。

 そして、世界的なスーツスタイルのもう一つの潮流は、イタリアです。
 
芸術が盛んで職人の国でもあるイタリアでは、スーツスタイルは純粋なファッションとして大いに発展しました。
 
イタリアのスーツは、イギリスともアメリカとも違い、体のラインに自然に沿ったフォルムが特徴です。
 肩パッドで誇張することなく、首から肩にかけたなめらかなラインをそのまま表し、ウェストも軽く絞って体のラインを自然に見せるという、俗にいう「セクシー」なスタイルです。

 このスタイルを世界で流行らせたのが、かの「アルマーニ」です。
 アルマーニのスーツは「ソフトスーツ」などと呼ばれ、ガッチリとした構築的なイギリスのスーツとは対極を成し、肩パッドやスーツの内部の色んな分厚い構造を取っ払い、それまでの堅苦しいイメージを変えたスーツです。

 イタリアは歴史的にも国家や階級などが長く安定しなかったので、イギリスのように階層社会のユニフォームとしてスーツが発達したわけではないのが、こうした違いを生んだのでしょう。

 イタリアではあくまでファッションの一つとしてスーツ文化が発展したので、いかにお洒落に見せるかへの意識が高く、気候や生産条件の違いもあって、イギリスに比べて圧倒的に色や柄の種類が豊富で、生地は柔らかくしなやかで軽いものが多く、地味で重厚なイギリスとは全く別物です。
 本切羽とかバルカポケットとか、小技を利かせるのもイタリアで生まれたスタイルだそうです。

 日本では、戦前はどちらかというとイギリスの影響を強く受けてスーツ文化が発達しましたが、戦後にアメリカ文化が急速に流入したのに加え、かつて日本のファッションの神様といわれた石津謙介氏が、1960年代のアメリカの「アイビーリーグ」のスタイルを日本に紹介したことから、アイビースタイルが大流行しました。
 石津氏は、日本のファッション史では必ず名前が出てくる「ヴァン・ヂャケット」の創始者ですね。

 アイビーリーグとは、アメリカ東海岸の名門大学のことです。
 アメリカ社会を担うエリートたちのスタイルであることから、日本でもエリートたちの目指す模範的なファッションとして人気になりました。
 今もなおオジサンたちの間では定番となっている「紺ブレ」スタイルなんかが、アイビーの象徴的なスタイルです。
 ブランドではJ-PRESSがその代表的ですが、日本生まれのケント・アベニューもアイビースタイルがコンセプトですね。

 しかし、日本がバブルを迎え、経済的に潤い世界中の最先端のファッションが入ってくるようになると、本場のヨーロピアンスタイルも広まり、バブル期の日本ではアルマーニのスーツが大流行しました。
 
そして、何故かわかりませんが、バブル時代〜1990年代の日本では、着丈は普通だけど、やたら肩幅を広くとった、ダボついたジャケットやズボンを着るのが流行ってました。当時の芸能人や、CDのジャケットなんかを見ると、その傾向がよくわかります。

 ですが、2000年代になって文化も成熟したことや、おそらくインターネットの普及により、世界の情報が簡単に手に入るようになったからでしょうか、スーツのようなフォーマルなファッションは、次第にグローバルスタンダードに向かっていき、伝統的な着こなし方がお手本となり、変に何かを誇張したデザインではなく、体にフィットしたスーツを着るのがスマートとされるようになっていきました。

 それでも、最近の日本独自のトレンドとしては、やたらスリムフィットなスーツが流行っています。
 スーツマニアの間では気持ち悪いとか言われていますが、これは日本人の体型の特徴ゆえに、必然的に生まれたスタイルなんじゃないかなあ?と思います。
 日本人は、欧米人に比べて骨格が華奢です。
 最近は身長こそ伸びましたが、骨格的にはまだまだ細いし、やはりファッショントレンドとなると若者が中心になるのは当然のことなので、逆三角形を理想とするイギリスなんかとは違った形になるのは日本人として必然的なのかなあ、と思います。

 とまあ、こんなことを考えていると、それまでは仕事で義務的に着ていただけのスーツにも、デザインの違いや生地の違いなど、なかなか選び甲斐が出てきて楽しくなり、そうやってあれこれ悩みぬいて選んだスーツとなると、着るのも楽しくなり、人生の楽しみが増えたと言うわけです。 

 

 


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