学校教育の活性化には「進路指導教員」を作るべき

 日本の教育や学力の低下がよく言われます。
 景気の低迷もあって、理系の技術者の育成が急務だとか、文系は不要だとか、専門教育を増やすべきとか色々と言われていますが、僕が考える一つの答えは、高校に「進路指導専門教諭」を置くことが必要だと思います。

 「進路指導専門」とは何の先生か?
 というと、「世の中」のことを教える先生です。

 世の中が、どういう構造になっていて、どういう産業・仕事があって、それぞれの業界にはどんな特性があって、その業界に進むにはどんな道筋・勉強が必要で、どんな能力・知識が求められるのか? 
 そんなことを教える先生です。

 何故それが必要と思うのかというと、まだ世間を知らず、精神的にも未成熟な高校生に、勉強することの重要性を認識させるには「目的意識」を持たせることが絶対不可欠だと思うからです。

 というより、日本の学校教育には、「目的意識」の指導がなさ過ぎる。
 自分自身もそうだったし、多くの人も感じていると思いますが、中学・高校で、その勉強が何の役に立つのか、何故しなければならないかを、ちゃんと教えてもらった記憶はほとんどないと思います。

 あるとしたら、漠然と「ちゃんとした大人になれない」というようなもの。
 だから、良い高校・良い大学に進むため。
 成績が悪いと親がガッカリするとか。
 どうせならレベルの高い大学に行くに越したことがないとか。
 なぜ良い大学に進んだ方がいいか? というと、良い会社に就職するため。
 せいぜい、その程度の目的意識。

 でも、その図式が通用したのはバブル時代まででしょう。
 学歴さえあれば社会で通用するのなら、「受験のための勉強」が目的意識に成り得た。
 しかし、それが通用しなくなった今日において、高校生は、どんな目的意識をモチベーションにしているのでしょうか?
 それがないまま、どれだけカリキュラムを変えたところで無意味です。
 本人たちに本気で「これを学びたい」という「目的意識」が生まれない限り。

 教育において、「目的意識」を持たせることは、すごく重要です。
 僕は飲食店で長年マネージャーをし、数えきれない数の高校生・大学生を教えてきたから、実体験としてそれを感じます。

 アルバイトで入ってきた学生なんて、その大半が、精神的に「ガキ」です。
 高校一年生なんて、ついこの前まで中学生だったんだから当然です。
 でも、この時期って、人間として多感で、すごく成長する時期です。
 心の成長とともに、顔付き・行動が変わっていくから、教え甲斐があって、ついこの前までクゾガキだと思っていた子が立派に成長した時は、本当に嬉しい。

 そうした未熟な子供に仕事を教える上で一番重要なことは、「目的意識」を持たせることです。
 僕に限らず、教育のうまいマネージャーに共通しているのは同じだと思います。

 目的意識の持たせ方には色々ありますが、僕のやり方を少し紹介すると、最初はちょっと感傷的な側面から入ります。

「たかがアルバイトでも、いい仕事をしたら、絶対にいい思い出になる。いい加減なことしかしなかったら、つまらない思い出になるからね」

 そんな話から入り、それをバックボーンにして教えていきます。

 これは、僕自身のアルバイト経験から来ています。
 僕も学生時代に色々なバイトをしましたが、いい加減にやったバイトは黒歴史みたいな思いがあるし、後ろめたさもある。
 けれど、一所懸命やったと思えるバイトは、いい思い出になっているし、当時のバイト仲間とは、辞めてからも連絡を取り合っていました。

 たかがバイト、働く目的なんて、ただ小遣い稼ぎがしたいだけ。
 本音ではそんな程度の高校生に、雇用主とかではなく「人生の先輩」として、
そんなことをまず教えます。

 「お客様のため」とか、そんな綺麗ごとからは入りません。
 最初からバイトごときに高い自己実現の意識を持っている学生なんてほぼいません。
 そこに、いきなり高尚なことを話しても通じるわけがない。
 逆に言うと、最初からそうした意識を持っている子には言う必要がないからで、そうした意識がなく働きにくる子への対応が重要なのです。

 だから最初は、誰でも共感しやすく、かつ、おそらく何年続けようとも変わらない、普遍的な切り口から入るのです。

 特に飲食の仕事は、きついこともあるし、嫌なお客さんにも遭遇する。
 そんな時に、何故頑張らないといけないのか?
 その時・その都度、仕事の中で、色々な「頑張る意味」を教えます。
 ルールだからとか、マニュアルだからとか、そんなことを言っても通じません。

 やたら態度の悪いお客さんに当たった時。

「あの客、こっちが何言っても無視で、しかもスマホいじってて、失礼じゃないすか? すげーむかつくんですけど!」

 そんなことを言っていきりたつ女子高校生のバイトに、

「気持ちはわかるけど、あのお客さんさ、もしかしたら、この店に来る前に、彼氏と喧嘩したのかも知れないよ」

 なんて話をしたりします。

「君だってさ、もし彼氏から別れたい、なんてラインが送られた直後だったりしたら、気が気じゃなくて、レストランの店員に何か言われても、無視してしまうかも知れないでしょ?」

 そんなたとえ話をして、なだめます。
 
もし、私なんてたかがバイトだし、客なんてどうでもいい、とばかりに感じ悪い接客をしていたら、

「あのお客さん、もしかしたら近所の人で、それこそ、君のお母さんの友達かも知れないよ……? それで、もしあのお客さんが、うちの店で○○っていう最悪な定員がいた、なんて話を君のお母さんが耳にしたら、どう思う? 直接そんな話にならなかったとしても、もしそう思われていたとしたら、お母さんは悲しむと思わない……?」

 なんて話をしたりもします。

 もちろん、その話ひとつで、その女子高生バイトがすぐに納得するわけではありません。
 「そんな話、極端すぎ!」なんて言われたりしますが、そんな話を何度もしていくうちに、その女子高生も、次第に色々と考えるようになっていきます。

 で、その女子高生バイトが、頑張ったのか、気まぐれなのか、良い対応をしている瞬間を見つけた時に、

「今の対応、ほんと良かった」

 と、必ず褒める。

 その時は、

「まあ、今はわざと意識しましたからね」

 なんて言ってくるかもしれないけれど、褒められたことは必ずその子にとってプライドになり、そんなやり取りを続けていくうちに、意識・行動は変わっていきます。

 こうしたやり取りは全て、「良い仕事とは何か」を伝え、「自分が良い仕事をしている」ということがどういうことかの、実感を持ってもらうためです。
 そうやって、レストランでの良い仕事とは、お客さんに良い時間を過ごしてもらうことだ、ということを伝えていきます。
 そして、それが出来た時。
 きちんと評価し、その行動が正しい行動なんだ、という手応えを感じてもらう。

 レストランの仕事は、大変だからこそ、スポーツのように教えます。
 「良い思い出」といっても、仕事をさぼって仲間とくっちゃべってたり、客来たよ、だりーな、何て言ってたら、絶対いい思い出にならないよ。
 みんなが一所懸命走ってる時に、一人ちんたらしてて、楽しくなるわけがないよ、って。
 
どうせ試合に出るなら、勝ちたいよね?
 負け試合なんてつまらないし、自分のせいで負けたりしたら、嫌な思いにしからない。
 給料稼ぐために働かないといけないなら、仕事を楽しもうよって。
 良い営業をして、お客さんから褒められたりしたほうが、絶対に楽しいって。

 多量の注文が入ると、調理も仕込みも追い付かず、心が折れそうになることは多々あります。
 でも、そこで折れてしまうと「負け試合」です。
 そこを乗り切って「勝ち試合」にし、達成感を味わってもらう。

 そんなやり取りの繰り返しで、仕事満足とお客様満足をリンクさせていく。
 そして、良い仕事をしたら、必ずそれに気付いてあげて、認める。
 そうすると、良い仕事をすることが自分のプライドになっていく。

 そうしたやりとりが、子供の心を大人の心に成長させ、結果として技術を高めていきます。
 遠回りに見えるかも知れませんが、まず、仕事に向かう上での基本意識がきちんと芽生えてこそ、じゃあどうしたらいのか? という、技術への習得欲求が生まれるのです。

 少し話が逸れたように思うかも知れませんが、学校の勉強も同じだと思うのです。
 
何かを教える時、その技術論や作業的なことから入っても、上手くはいきません。
 よほどストイックで、自律して意識の高い子供ならともかく、普通の高校生なら、こちらから目的意識や、「何故」そんなことをしないといけないのか、その前提から伝えていかないと、絶対にその技術を身に付けようとはしません。

 「お金もらってんだから当たり前だよね?」

 なんて正論を言ったって、本人はそんなこと百も承知なわけで、それを言ったって通じるはずがない。
 この仕事は自分に合わないと思って、辞められてしまうだけです。

 二十年なら、「自分が社会を知らないから、自分が仕事に合わせないといけないんだ」と思ってもらえたかも知れませんが、人手不足で求人に溢れている今日においては、何をかいわんや、です。

 勉強も同じで、目的意識もないうちに、

 「学校に何しに来てるの!? 学校は勉強するところでしょ!?」

 なんて怒ったって、響くはずがない。

 まずは、何故勉強しなければならないのか。
 勉強すると、どんな達成感が得られるのか?
 それを見せることがはじまりではないでしょうか?

 だいたい、天然で優秀な生徒というのは、子供の頃から、親によって勉強することに目的意識を植え付けられている子供がほとんどではないでしょうか?
 少なくとも自分の周りの友達とかでも、真面目に勉強をしている奴というのは、たいがい子供のうちから「将来こういうことをしたい」なんて意識を明確に持っている奴が多かった。
 中には、小学生の時から「自分は親の後を継いで医者になる」と宣言しているのもいて、そいつは現役で阪大の医学部に入りました。

 これらは間違いなく、親の意識教育の結果でしょう。

 一方、ただ義務的に親から塾に行かされていたような奴は、中学くらいまではそこそこ成績が良くても、高校あたりからたいがい脱落していました。
 これもやはり、本人に「目的意識」がないままでは、高校レベルの勉強の難易度からは通用しなくなるのだと思う。

 だから、日本の高校生の学力を高めるには、何故その勉強しないといけないのか、したらどうなるのかの意味をしっかり教え、「目的意識」を持たせることが必要だと思います。

 といって、数学そのものや、英語そのものの、直接的な役割を教えても意味がないと思う。
 レストランで、「こうしたほうがお客さんは喜ぶと思うだろ?」なんて教えたって、そもそもお客さんに喜んでもらいたい、という前提がない高校生にそれを言っても通じません。
 それと同じで、別に海外に行きたいとも、国際交流したいとも思ってない高校生に、英語の活用シーンを説明したって、響くわけがない。

 そこで、例えば将来ミュージシャンになりたい、なんて言ってる高校生には、日本の厳しい音楽業界の現実を伝え、本気で腕を磨きたいならアメリカで学んだ方がいいとか、日本のスタジオミュージシャンは仕事も少なく薄給だけど、アメリカのスタジオミュージシャンは腕さえあれば稼げてリスペクトされる、といったことを教えたりすれば、英語に燃え始めるかも知れません。

 そもそも、ミュージシャンになるなんて考えている高校生は、世の中にどんな仕事があるかを知らないと思います。
 企業勤めというと、スーツを着て街を歩いているサラリーマン姿くらいしか判断材料のない高校生に、イメージだけで自分は向いてない、と思わせていること自体がもう教育の何かが欠けています。

 同じサラリーマンでも、公務員とメーカーのエンジニア、デザイン会社の営業スタッフでは、仕事が全く違います。
 同じ業種でも、大企業と中小でも全く違う。
 日本社会には、どれだけの、どんな仕事があるのか。
 それを教えることがはじまりだと思います。

 本来であれば、それぞれの担当教員が、教科ごとに社会での役割を教えられたら良いのだけれど、日本の学校教員はそもそも社会に出たことがない人の集まりです。
 そんな世間知らずの集団に、社会のことなんて説明出来るはずがないし、学業と社会との詳しい接点なんて教えられるわけがない。

 以前、週刊モーニングに連載していた『ドラゴン桜』という、落ちこぼれ高校の生徒を東大に合格させるという漫画がありましたが、その漫画でも、主人公である教師の桜木が最初に生徒に教えたことは、勉強することの動機付けをするために、「東大」という学歴ブランドが、日本においてどれだけ強力な肩書になるかの説明です。
 決して、英語の基本文法をわかりやすく説明しようとか、そんなことからは入らない。

 昔、『キャプテン翼』という漫画がブレイクした時はサッカー少年が増え、それが土壌となってプロサッカーリーグの発展に繋がり、『スラムダンク』がブレイクした時は、バスケ部の入部希望者が増えたそうですし、もっと昔では『ブラック・ジャック』を読んで医者を目指した子供もいたそうですから、これらはシンプルに「こうなりたい」という目的意識の効果を示す例だと思います。

 だから、今の日本の高校に必要なのは、日本の社会というものを教え、そのために何を勉強したらいいのかを教える、本当の意味での「進路指導」の教員だと思うのです。

 極端な話、特定の教科を教える技術なんてなくてもいい。
 そんなことよりも、社会人経験があり、若者の教育経験があり、世の中の様々な業界・業種のことを知っている、または専門に研究することに特化した教員です。

 そして、勉強をした成果確認をする。
 できたこと、成績が伸びたことをきちんと褒めて、道をちゃんと前に進めている実感を持たせてあげる。
 そして、「けど、君の目標としてる仕事につくには、これも出来たほうがいいね」と、次の道しるべを作ってあげる。
 そうした役割です。

 日本の技術力を高めるために、特に理系の専門教育を強化すべきだとかいう話がありますが、そんなことよりもまずはそこからだと思います。
 どんなカリキュラムを設けたところで、それを目指す子供がいなければ無意味ですから……
 スポーツや芸能、医者となると、すこし特殊で狭き門過ぎるので、もっと幅広く、むしろ特殊技能が求められない仕事をベースに、世の中にはこういう仕事があって、こういうことをしたいなら、今こういう勉強をしたほうがいいと、そこまで繋がってこそ、目的意識も生まれるし、本気になる高校生が生まれてくるのではないかと思います。
 

 


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