腕時計は必要か

 スマホが普及した今日、「腕時計は必要か・不要か」論争というのがあるそうです。
 それに加えて、「高級時計の必要性」論ですね。

 僕は、腕時計が結構好きです。
 歴史とかムーブメントとかも多少語れるくらいの、いわゆる「時計おたく」の入り口をうろついているような人種です。
 ただ、そんな趣味を持ちながらあえて言いますが、基本的に一般庶民は、時計趣味に走らないほうが絶対に良いです。
 何故なら、実用面でもファッション面でも、コストパフォーマンスがあまりにも悪いからです。
 お金持ちならともかく、一般庶民は、時計に大枚をはたくくらいなら他のお洒落にお金を投じたほうが、よっぽど合理性が高くコスパも良いと断言できます。

 ですが、そう言いながらも僕が腕時計が好きな理由は、日本の時計産業が世界に誇る技術を持っていることと、腕時計は男でも自然に身に付けられる唯一のアクセサリーだからです。

 ネットには、「ちゃんんとした時計をするのはビジネスマンの身嗜み」といった意見を見かけますが、これはもう古い感性です。
 スマホが普及する前は、腕時計がないと普段の生活にも支障があり、仕事においては致命的といえるレベルでした。
 スマホ前時代は、携帯を会議中や商談中に取り出して見るのは私用のような誤解を与えてしまうため、仕事中に時間を確認するには腕時計が必須で、身嗜みの一つに含まれていました

 なので、仕事着がTPOにそぐわないのがよろしくないように、腕時計にもTPOがあり、それなりの地位になればそれなりの時計をしよう、というような風潮も少なからずありました。
 昭和のサラリーマン漫画「課長・島耕作」でも、主人公の上司の中沢部長が社長になる際に、前社長から高級時計を渡されるシーンがあり、その時中沢部長は「そのような物で社長の風格を出そうという気はありません」と答えたものの、前社長からは、「社長になったからには、会社を代表する人間として、相応の格好をしてもらわなければ困る」と言われてしまいます。

 本当にそうしなければ社長業が務まらないのかどうかはともかく、当時はそのような価値観が存在したという事例だと思います。

 ですが今や、スマホの普及によってそもそも腕時計の必要性自体がなくなっただけでなく、アップルのスティーブ・ジョブスがタートルネックにジーパンといったスタイルで公の場に出たり、IT企業を中心にパーカーやトレーナーといったカジュアルなスタイルを正装のようにしてビジネスの場に持ち込んで広めた影響もあり、「ビジネスシーンではきちんとした格好でなければならない」という前提自体が崩れつつあります。

 なので、こうなったら腕時計についても何をか況んや、です。

 ただそれでも、服でも鞄をどんなコーディネートをするかで雰囲気が変わってくるように、腕時計も、値服装やシチュエーションに応じて選ぶのがお洒落だなあと思います。
 とはいえ、
たまにネットで見かける、〇歳になったら〇円以上の時計を身に着けるべき、というようなステータス論的な話は、全くもってくだらないと思っています。

 昭和の時代は、どんな時計をするかで、確かに多少のステータス感はあったかも知れません。
 それなりの企業でそれなりの役職にある社員がみすぼらしい格好をしていたらよろしくないように、時計もそれなりのものをつけた方が良い、という風潮があったことはわからなくもない。
 
しかし、現在で腕時計はもはやアクセサリーであり、趣味化したものにどれくらいのお金をつぎ込むかは、個人の主観でしょう。
 なので、今の時代に「ブランド」で腕時計を語るのは、全くもってナンセンスだと思います。

 ただ、社会人として、それなりの年齢・立場になってきたら、やはり、どんな風にあったほうが良いか、ということは多少考えることは悪いことではないと思います。
 
どんなに収入や地位があっても、服や身なりなんて一切気にしない、という人もいますが、見栄をはる必要はないけど、何らかの「ポリシー」はあったほうがいいかな、と思います。

 服なら「ユニクロや無印で十分」というポリシーだって良いと思うし、出来るだけ着心地の良い天然素材の服を選ぶ、といった実用的なポリシーだって良いことだと思うし、「日本製にこだわる」っていう、精神的なポリシーだって良いと思うんです。
 スティーブジョブスも、カジュアルな格好をしていたから服に無頓着だったのかというとそういうわけではなく、全く同じタートルネックのトップスを何百着も持っていて、毎日着替えていたそうです。
 そこにどんなポリシーがあったかというと、「今日は何を着るかといったことに思考と時間を費やすのがもったいない」というポリシーに基づき、といって清潔感ありスマートな格好であることも重要視し、だから毎日新しいものに着替えていたそうで、こうなると服装にこだわっていなかったのではなく、むしろ非常にこだわっていた、と見るべきでしょう。

 世界でも屈指の大富豪のビル・ゲイツ氏は、カシオの三千円くらいの時計を愛用されているそうです。
 ゲイツ氏が贅沢に興味のない人物だからというわけではなく、バカンスに巨大クルーザーを借り切って一週間で七億円も使うような人ですが、一人のエンジニアとして、安くて優れた時計を作るカシオをリスペクトされているからだそうです。
 アメリカの大統領が一〜二万円程度のタイメックスの時計をしているのも有名です。タイメックスはアメリカを代表する時計メーカーであることと、庶民の味方であることをアピールするためだそうです。

 かつて腕時計は、王侯貴族や一部の大富豪とともにあった存在でしたが、現代社会においては、地位に応じて高級時計をしなければならない、などといった社会意識はありません。
 むしろ
、金額で優劣を語ったり、金銭的に身の丈に合わない高級時計やブランド品を身に着けることこそが醜悪に感じます。

 ただ、時計は、知っている人は知っていると思いますが、実はかなりディープな世界で、見た目や実用性とは関係ない「精密機械オタク」的な要素も非常に強く、実用的には全く役に立たないけど作るのにひたすら手の込んだ複雑機構や、外からは見えない内部の部品一つひとつにまで磨きみ装飾を施すというような、完全に趣味の世界の工芸品になっていて、その結果として、値段は下は100円から上は億を超える腕時計が存在します。

 数千円とか一万そこらくらいの時計は、素材が安い合金だったり、塗料でごまかしているようなものもあり、それが五万円あたりから、素材も作りもしっかりとした時計になっていく、といった物理的な違いがあます。
 以前何かのアンケートでは、40〜50代のサラリーマンがしている腕時計の平均単価は、4〜5万円と出ていました。
 時計雑誌とかの調査だと数十万円するようなブランドものの名前が当たり前のように出てきて信用なりませんが、ヨドバシやビックカメラといった家電量販店の時計コーナーの品揃えの価格帯を見ていると、4〜5万円くらいというのは妥当な気がします。

 調べてみるとなかなか奥が深くて面白い世界だと思います。

 

 


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