「宮本やこ」という方をご存知でしょうか。
宮本やこさん
日本での知名度はそれほどではなく、ウィキペディアの項目すら作られていない人ですが、生粋の日本人でありながら、マンハッタンで和太鼓とダンスのパフォーマンスグループ"COBU"(鼓舞)を主催されている、世界的な女性パフォーマーです。"STOMP"の元メンバーと言った方がわかりやすいかも知れません。
STOMPは、デッキブラシやバケツ、バスケットボールやら新聞紙といった、日常の身の回りのものを使ってリズムとダンスをする世界的なパフォーマーグループで、名前を知らない方でも、映像を見れば「ああ、あれがSTOMPか」と思われるのではないでしょうか。
1994年からなんと25年経った現在でもロングランを続けている、オフ・ブロードウェイで二番目に歴史のある超人気の出し物です。その世界的なパフォーマンスグループであるSTOMPで、日本人初、そして唯一の日本人メインキャストとして約10年もの間、そのポジションを維持して活躍されていたのが宮本やこさんです。
僕がSTOMPを知ったのは、子供の頃に見たテレビのCMです。
その後ドラムをはじめた僕としてはいつか観てみたいと思っていたところ、ニューヨークに行く機会があって、STOMPの本拠地であるマンハッタンの劇場で、その舞台を観ることが出来ました。2006年のことです。世界のトップパフォーマーの演技です。
特に、ジャズやファンクに憧れていた僕としては、本場アメリカで本物を観れるとなれば、その期待は並々ならぬものがありました。そして、開演までの待ち時間の間、パンフレットを読んでいると、出演者のところに、「YAKO MIYAMOTO」という名前に気付きました。
「え?ちょっと待て。これって日本人じゃないの?」
その時の僕は、正直に言うと、大きく落胆しました。
今となっては恥ずかしい話ですが、当時の僕は、リズミックな音楽やダンスはやっぱり西洋人や黒人じゃなきゃだめだろ、と思っていたからです。
そこに、日本人がメンバーとしているのを見て、「世界的なグループといっても、日本人が入れるレベルなのか…」と思った僕は、それまで高まっていたテンションが急速にダダ下がりするほど、ガッカリしてしまったのです。そんな残念な気持ちになりながらSTOMPは開演したわけですが…
いやもう、数分前の自分に、「お前はアホか」と罵ってやりたい。
宮本やこさんがステージに登場するや否や、僕は一瞬のうちに宮本さんに目が釘付けになりました。アメリカ人パフォーマー達と並んでステージの前に躍り出てきた宮本さんの颯爽たる姿は、今でもはっきりと目に焼き付いています。
とにかく、ハンパない表現の圧力!!
ゴツイアメリカ人達と比べたら、サイズ的には何まわりも小さい宮本さんのはずですが、それをまるっきり感じさせない迫力と存在感。
それまでの僕はダンスに興味がありませんでしたが、初めて世界のトップレベルのダンスを目の当たりにして、「これが本物のダンスというものだったのか」と、度肝を抜かれました。
その時の宮本さんは、暗いカーキ色のTシャツに、カーゴパンツのような作業ズボンを履き、どこからどう見ても女らしさの微塵もない格好。
そして動きは、周りの大柄な男性パフォーマーと比べても、1ミリたりとも変わらないワイルドで豪胆な動き。喩えるならば、工事現場にひとりだけ女性が混じって働いているような感じです。
といって浮いた感じではなく、完全に同化して他の野郎どもと全く同じようにつるはしやドリルでガシガシ岩盤を削っているようなイメージ。
それも、オーバーアクションで大きく見せているのでもなく、ナチュラルに溶け込んでいるのが凄い。ファーストインパクトは、その日本離れ・女性離れした堂々たる動きに圧倒されたのですが、僕が宮本さんから目を離せなくなったのは、それだけではありません。
そんな、男にしか見えない動きをしているのに、何故か、異様なまでにめちゃくちゃ色気があり、とんでもなく魅惑的なのです。
決して露出の高い衣装を着ているわけでもなければ、セクシーなポーズをとったりもしていません。ただ、どこまでも男っぽくありながらも、時折垣間見せる一瞬の所作、動作、体を翻らせた瞬間の微妙な体のしなり、後ろを振り向いた時に微妙に残る手首や指先、そんな些細な片鱗に、女性らしさと魅力がおそろしいまでに凝縮されていたのです。
99%男性的な動きの中、ほんの一瞬、肩が、ひじのあたりが、指先が、微妙に女の子らしいフォルムを見せる。それも、あざとくはなく、隠されているようなほんの僅かな瞬間なのに、ただそれだけのことに心を掴まれる。
ほんと「凄い」と思いました。
暗いステージで顔もよく見えないけど、動きを観ているだけで惚れそうになってしまうほどでした。
STOMPの公演全体は、素晴らしく楽しいものでした。
映像で観ているだけだと、体と道具でリズムを作ったり奏する、リズムパフォーマンスのグループと思いがちですが、実際に観ると、ちゃんとストーリーのある「寸劇」になっていることがよくわかりました。言葉は一切発しない、いわばオールパントマイムなわけですが、それをダンスとリズムだけで全てを説明しきるという、ものすごい技術と表現力。
とにかくもう、何もかもが圧巻です。日本に帰ると、すぐに宮本やこさんのことを調べました。
すると、子供の頃からダンスを習っていたとかではなく、ダンスをはじめたのは大学に入ってからだという、その経歴にはびっくりさせられました。慶応大の理工学部に在学中、一年だけのつもりでニューヨークに留学したら、結局ニューヨークに居ついてしまい、そのまま大学を中退してダンスの道に進んだというのだから、その我が道を行く生き方にも驚かされました。
でも、一番驚いたのはそこではありません。
STOMPを観た限りでの宮本さんの印象は、パワフルで硬派で、「男前な女性」を勝手にイメージしていました。
ですが、当時あった宮本さんの個人のホームページにアップされている日記や雑感を読むと、硬派どころか、思いっきり「ただの女子」だったからです。
クールどころか、むしろゆるくてどこかはっちゃけてて、内容も書き方も、まるっきり普通の女子そのもの。
その頃は掲示板でやりとりするのが一般的だったので、僕も掲示板で「ニューヨークでの公演を観ました!」的な書き込みをしたところ、宮本さんは気さくに返信を書き込んでくれました。そんな、STOMPでの宮本さんのイメージと実像とのあまりのギャップに戸惑ったわけですが、そのギャップの理由は、あるインタビュー記事を読んで氷解しました。
STOMPのパフォーマンスは、ちゃんとストーリーがあって、一人ひとりに配役がちゃんと決まっているのです。
宮本さんが演じていたのは、「ビン・ビッチ」というキャラクター。
その設定は、男勝りにクールでタフで、それでいながらセクシーな女性、というものでした。僕はその記事を読んで、電撃を受けた様な衝撃を受けました。
そう、STOPMの公演で魅せていた宮本さんのパフォーマンスは、まさにそのキャラクター説明の通りだったのです。STOPMは元が打楽器グループだから、ある意味、音楽と同じ「プレイヤー」のような目で見ていたため、演じる個の人間の性格とパフォーマンスを同一のものとして観ていたわけですが、それが間違っていたのです。
宮本さんは、STOMPの楽譜をプレイしていたのではなく、「ビン・ビッチ」というキャラクターを演じていたのです。
しかも、一言も言葉を発しないステージで、それをダンスだけで100%、いやそれ以上に「魅力的」に表現し、雄弁に全てを語りきっていたのです。本物のダンス、というものを教えてもらった瞬間でした。
STOMPは超人気のグループなので、オーディションを開くと何千人と応募者が来るそうで、合格するだけでも狭き門ですが、採用後でもレベルに不安があると簡単にクビになるらしく、そのレギュラーの座を維持するのは至難のことだそうです。
それを10年も維持し、その後もサポートメンバーとして続けていたのだから、それだけでも宮本さんがどれだけすごいかは言うまでもありません。
活動拠点がマンハッタンなので、日本ではあまり知られていない人かも知れませんが、こんなにすごい日本人がいるんだということをお伝えしたかった次第です。