残念映画「マスカレードホテル」
 

 駄作映画は山ほどあります。
 ただの駄作は批評するまでもありませんが、もう少し上手く作れば名作になり得たろうに、もったいないと感じる「残念映画」の解説です。

 「マスカレードホテル」は、東野圭吾さんの小説を原作にした、2019年のミステリー映画です。
 連続殺人事件を捜査していた結果、残されていた手がかりから、次の殺人現場はあるホテルであることが分かり、警察がホテルマンに扮して潜入捜査を行う……という話です。

 役者さんは木村拓哉さんに長澤まさみさん、小日向文世さん、松たかこ子さん、渡部篤郎さん……などなど、えらい豪華キャストだし、途中までは、どんな伏線回収があるのかと期待して観ていたのですが……

(以下、ネタばれあり)

 残念な部分を解説していきます。

1.映画のシナリオになってない

 駄目ポイントはこれに尽きます。
 やはり映画というのは、二時間程度の尺の中で、どれだけ優れた建築物を、密度高く構築するかだと思います。
 けど、この映画はまるで、ショートドラマをつなぎ合わせただけのよう。

 この映画がはじまるとすぐ、ホテルマンに扮した刑事のキムタクや長澤まさみさんが対応する、色々な宿泊客とのやりとりが物語の軸として進んでいくわけですが……
 結局それらはほとんどストーリーの軸には関係ありませんでした。

 もっとも、序盤に出てきた、盲目を装った老婆が犯人だったので、そのカムフラージュか、この中のどこかに犯人が? という位置づけなのかも知れないけど、一つひとつがあまりにも独立性が高くてミスリードにすらならず、サイドストーリーをずっと観させられているかのよう。
 これじゃあまるで、石森章太郎さん原作のドラマ「ホテル」を観ている気分。

 それでも、無関係と思っていたそれらが、ラストに一気に伏線として回収されるのか? ……と思って期待してたのですが、本当にただのモブでした。
 もっとも
、濱田岳さんのエピソードは、クレームつければ部屋を変えられることの条件付け、宇梶剛士さんのエピソードは、ホテルマンは他人に部屋番号を教えないという設定の条件付け、生瀬勝久さんのエピソードは、電話のトリックを見破るきっかけづくりのエピソード、ということなんでしょうけど……回りくどいわ!

 その程度の条件付け、開始15分くらいで終わらせましょうよ。
 映画の尺の半分以上を、条件付けのためのサイドストーリーで使い切っちゃだめでしょう……

 その分逆に、肝心のミステリー部分は、コンパクト。
 渡部さんが途中でこの事件が同一犯の連続殺人事件ではないことを説明する場面なんて、必要最小限に要約されて、ものの数分で終わる。第三の被害者の犯人に至っては、「出頭してきました!」で終わり。なんじゃそりゃ。
 時間配分おかしいよ(笑)

 ミステリー部分より、条件設定ばかりにだらだらと尺を使ってるもんだから、連続殺人のミステリードラマを観ているのか、ホテルを舞台にしたヒューマンドラマを観てるのか、途中でわからなくなり、緊張感が維持できませんでした。

 条件付けのためのエピソードを圧縮し、事件の謎解きや、第二・第三の被害者の犯人捜査の部分のもっと時間をかけて丁寧に描いていたら、もっと緊張感が出たと思います。

2.長澤まさみさんが演じている「山岸」がうざい

 長澤まさみさんの演技は素晴らしかったです。
 でも、演じている「山岸」というキャラクターが非現実的すぎてとにかくうざい。
 「志の高いホテルマン」という設定なのでしょうけど、連続殺人事件が発生していて、今にもホテル内で誰かが殺されようとしてるのに、潜入捜査してる刑事相手に、事件協力よりホテルマンとしての心得ばかりを熱弁する空気の読めなさ。ありえねー……

 一流ホテルとして一般のお客さんに迷惑はかけられないから、というのはわかるし、最低限のお願いはするでしょうけど、まるで新入社員教育するみたいなスタンスでガチに接するのは不自然すぎる。
 現実的に考えたら、基本姿勢は警察に対して協力的な態度で接し、せいぜい、「あの……その髪型だとホテルマンに見えないので、フロントに立たれるのであれば切られたほうが……」「あまり怖い顔つきだと、犯人から警察ではないかと怪しまれませんか……?」というような言い方になるでしょう。

 っていうか、フロントに立たせたとしても、実際の対応をさせること自体がおかしいんですけどね。
 人手不足で手伝わせてるんじゃあるまいし、フロントも、ベルボーイも、通常スタッフが配置された状態で、その後ろに立ってるくらいが現実的でしょう。

 なのに、従業員の標準配置に含まれてるもんだから、ホテルマンとしての対応に苦戦するキムタク、それ対する長澤まさみさんの指導……の繰り返しに、ホテルマンの成長ドラマでも観ているかのようでした。サスペンスドラマ感ゼロ(笑)

 こっちはミステリーを期待して観てるわけだから、大真面目にホテルマンの矜持ばかりを語る長澤まさみさんが、とてつもなく場違いというか、うざく見えてしまう……

 離婚したい旦那のことを、ストーカーだと偽って部屋番号を聞き出したくだりも、あんなんで部屋番号を言ってしまうなんてちょろすぎる。
 「山岸」という存在がただのまぬけなホテルマンという位置づけならともかく、あれだけ信念みたいなのを語っておいて、あれはない。
 ていうか、あれだけ「部屋番号は教えない」という習慣が身についていたら、部屋番号を「うっかり」
ポロするなんて、現実的にもおかしい。本気で騙されてたとしても、一瞬躊躇した上で、「5階です」と答えるくらいだろう。いくら近づくのが危険だとしても、そもそもホテルで他の階とかいかないし、部屋からでなきゃいいでしょ。少なくとも部屋番号をいう必要はない。

 このエピソードは、部屋番号情報を厳守することの意味を考えさせるために入れたんだろうけど、物語の本筋に対してこんなに尺を取るほど中身のある話じゃない。むしろ、意識の高いホテルマンのはずの「山岸」というキャラが間抜けに見えてしまっただけの、無駄エピソードだったと思う。

 あと、キムタクが事件の状況を長澤まさみさんに正直に話した時、息まいて「こんなこと、黙っているなんてできません! 公表します!」とか言い出した時は、完全にしらけてしまいました。
 警察相手に、捜査方針を無視するなんて、ありえないでしょ。完全に捜査妨害です。
 しょうもない事件ならともかく、殺人事件でこれはない。
 ホテルマンとしての判断とかいう話じゃない。
 せいぜい、どうしたら良いのかと困惑するのが普通の反応でしょう。

 そもそも「お客様のことを考えたら公表する」という考え自体がおかしい。
 最期に総支配人も言ったように、特定の人物を狙っての犯行なら、公表しても断念するわけないでしょう。
 そんなことしたって、犯人にしてみたら日を変えるだけの話なので、来ると分かってる時に捕まえたほうが良いに決まってる。だから「そんなに手柄が欲しいんですか!」という発言自体もありえない。
 この、子供でもわかりそうなことを、さも正論のように言い切る「山岸」という非現実なキャラが何ともうざすぎました。

 その「空気読めないキャラ」を演じ切る長澤さんはさすがなんですが、役者の無駄遣いにもほどがある。
 このシナリオに、キムタクとヒロインが衝突する関係性にする必要性を全く感じない。
 「HERO」のキムタクと松たか子さんのような雰囲気を狙いたかったのかも知れないけど、最初からナチュラルに協力体制でコミュニケ―ションをとりつつ、はじめはあくまで仕事上のお堅い関係だったのが、二人でヒントをつかみはじめるとともに、信頼関係も深まり、距離が縮まっていく……みたいな流れのほうが、よっぽど自然だったと思います。

3.女装したおとり役が謎過ぎる

 ホテルで結婚式を挙げる新婦にストーカーの存在をでっちあげ、警察の気をひく「おとり」にするために、真犯人から新婦当てのメッセージを持たされた女装男が刑事につかまるわけだが……

 「新婦が狙われている」と予測し、警察が厳戒態勢をしいてるのに、どこからどう見ても怪しい女装男が新婦の目の前まで簡単に行けるのっておかしくない?
 そもそも、いかにも胡散臭く、帽子をあんな不自然に目深にかぶってたら、新婦の前に姿をあらわすずっと前に声をかけるなりして何者かわかると
思うんだけど。どんだけ警備ザルなんだよ(笑)

 それに、姿を見せてからも、新婦に近づいて袋から何かを取り出そうとするギリギリまで、突っ立ってるだけで何もしない警察……ありえねー(笑)
 その上、厳戒態勢の中、素人相手にフロントまで取り逃がす無能ぞろい。
 
あまりに不自然すぎて、もはや痛々しかった。

 ていうか犯人は、そもそも警察が張り込んでるって知ってたの?
 警察が張り込んでることを知らなかったらほとんど意味のない行為。
 色々とおかしい。

 ミスリードとして置いたつもりなんだろうけど、あまりに堂々とし過ぎて、これは真犯人じゃないと100%分かる展開なだけに、そもそも要らないパートだと思いました。

4.あっさり縛られて何の抵抗もしない山岸

 犯人の片桐(松たか子さん)に騙されて目を瞑り、その隙に山岸(長澤まさみさん)は手足を縛られてしまうわけだが……
 本人にその感触もなく、一瞬で手足同時に縛るってどんだけ早業(笑)

 それに、手を後ろで縛られたならともかく、前で手首を縛られたくらいじゃ、かなりの反撃ができるし、立ち上がって両足跳びで動くことだってできる。少なくとも、犯人が手に持った注射器を叩き落とすくらい簡単。
 観ていて「何この茶番」って思ってしまいました。

 ここは、目を瞑った瞬間に思い切り殴られて昏倒し、その間に全身縛られたほうがよっぽど自然だった。

5.5つの部屋を順番に当たって回る刑事って……

 どうしようもないガッカリポイントがこれ。
 犯人が片桐(松たか子さん)であることが濃厚、と分かった時点で、速攻で携帯で全部屋に応援呼べよキムタク(笑)
 なに悠長に、一人でひと部屋ずつ当たってんだよ。
 それに、「友達も来る」という建付けで5枚まとめてルームキーを渡したとしても、客がどこの部屋に入ったかも見てないのか。いくらすぐにルームカードを抜かれたにしても、ホテルも警察も、厳戒態勢の意味わかってんのか。防犯カメラも機能してないのか。

 明らかに不自然すぎて、「間に合うか、間に合うか」のハラハラ感を無理矢理作ってる感あり過ぎで、ハラハラというより「さっさと応援呼べよ!」でイライラでした。

 老婆に変装してるのは気付かれてない建付けなんだから、もっと自然な構成はできたはず。
 たとえば、毒を遅効性の毒にし、片桐は変装をとかないまま長澤さんに注射し、そのタイミングくらいに小日向さんから電話が入って真犯人が片桐であることにキムタクが気付く。
 キムタクが大慌てで応援を呼びながら部屋に向かうも、片桐はすでに立ち去った後で、応援に駆け付けた刑事に救急車を頼んでキムタクは片桐を追い、片桐がホテルを出て変装をとかれてしまう前にキムタクが捕らえる……という展開にすれば、まだ自然なストーリーに仕上がったと思う。

 

 ……とまあ、こんな感じで、この映画にはシナリオの直しどころを山ほど感じました。
 ここまでダメだしすると、残念映画というよりただの「駄作」みたいですが、「残念」と思うのは、役者さんの演技はとても素晴らしかったからです。

 「何をやってもキムタク」と言われるキムタクですが、それはそれとして、演技自体は良かったと思います。
 この映画でも、登場シーンではロン毛で髭を生やした、型破り刑事みたいな演出になってましたが、この映画でその設定いらなかったんじゃね? って思います。
 普通に真面目な刑事が、ホテルという全く別の世界に戸惑う……というのでも、十分この映画の世界観は成り立ったと思います。刑事と異業種コンビの繰り広げるデコボコ感といえば、マイケル・J・フォックス主演の「ハードウェイ」なんか良かったですね。堅物刑事役のジェームズ・ウッズとのやりとりはとても面白かった。
 実際、キムタクが型破り感を出してたのは序盤だけで、中盤からは、刑事としても真面目な刑事として振る舞ってましたが、全く違和感なかったし、結局そのほうが自然でした。
 なぜわざわざ、登場部分だけキムタク感を出したのか……
 こういう演出ばかりするから、アンチな人から余計に悪く言われてしまうんですよ。もったいない。
 長澤さんはもちろん、他の俳優の方々も演技力に定評ある人ばかりなので、せっかくの優れた素材を、料理の仕方で失敗してだめにしてしまったような映画だと言う点で、「もったいない……」と感じた次第です。

 


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