日本の西洋料理の歴史(資料編)

 日本の西洋料理史を書くにあたり、相当な数の資料を読み・集めました。
 
日本の大学には、欧米のようにホテル・レストラン専門の学部がないに等しいので、日本のレストラン史に関する本格的な研究資料は非常に乏しく、体系立ててまとめるのはかなり困難な作業でした。
 
しかし、レストラン文化史について興味を持っている人はきっと少なくないと思うので、ここでは、情報共有の場として、日本の西洋料理の歴史を語る上で、必読と思う本をピックアップして紹介します。


●日本司厨士協同会沿革史

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●発行 :日本司厨士協同会
●発行年:1934年

 1925年(大正十四年)に結成された、日本司厨士協同会(現在の全日本司厨士協会の前身)が発行した、おそらく日本で最初に日本の西洋料理界の変遷をまとめた書物。

 北は北海道から南は九州まで、地域ごとの洋食界の変遷が書かれ、会員(コック)の詳しい経歴まで掲載されている。
 司厨士協会の人間が、明治〜大正の洋食界を実際に生きたコックに直接聞いて書いている点が、戦後のエッセイストやライターなどが面白半分に調べて書いたような起源・発祥論と違うところ。
 日本洋食界の黎明期を知る上で、非常に貴重な資料。
 
この本を抜きにして、日本の洋食史は語れない。
 現存数冊は少ないと思うが、国立国会図書館でデジタル資料を閲覧できる。

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 西洋料理がどのように流入して       コックの生まれや経歴・
 発展していったが書かれている。      趣味まで書かれている。

●百味往来

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●発行 :全日本司厨士協会西日本地区本部
●編集者:川副保
●発行年:1966年

 日本にまだ外国人居留地があった頃に西洋料理を学び、神戸・横浜・九州・満州と、日本全国のホテルからレストラン、さらには鉄道食堂まで幅広く活躍した、日本洋食会の「生き字引」とも言うべき山口勇治氏の体験談を元に、日本の西洋料理界の変遷をまとめたもの。

 明治から大正、戦後へと、山口氏の実体験が綴られているので、当時の料理界の様相がとてもリアルに伝わってくる。

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  明治〜の洋食界のトピックが      山口氏の体験談に沿って
  年刻みで記載されている。       洋食界の様相が綴られている。

 ちなみに編集者の川副氏は、精養軒支配人の五百木竹四郎氏や、帝国ホテル総料理長の内海藤太郎氏といった、当時の西洋料理界の名士達について語った『灯』という本を1936年にも発行している。

●ホテル料理長列伝

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●発行 :柴田書店
●著者 :岩崎信也
●発行年:1983年

 小野正吉氏(ホテルオークラ総料理長)、木沢武男氏(プリンスホテル総料理長)、村上信夫氏(帝国ホテル総料理長)といった、当時の料理界の重鎮と言うべき大ホテルの料理長へのインタビューをまとめたもの。
 大正〜終戦直後の西洋料理界の様子がよくわかる。
 日本西洋料理史の入門書としておすすめ

●西洋料理人物語

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●発行 :築地書館
●著者 :中村雄昂
●発行年:1985年

 『月刊飲食店経営』初代編集長の中村雄昂氏が、同紙で連載していた記事に加筆しまとめたもの。
 
斎藤文次郎氏(全日本司厨士協会初代会長)、高石^之介氏(資生堂パーラー第二代料理長)、関塚喜平氏(豊平館料理長)などといった、日本西洋料理史の巨人達のことが書かれている。

 発行は『ホテル料理長列伝』より後であるが、ピックアップされたコックが長老格のメンバーばかりなので、戦前の料理界のことが詳しくわかる内容になっている。
 これも、日本西洋料理史の入門書としておすすめ。
 
まだこのサイトに「コック列伝」のページがなかった頃、洋菓子店「エス・ワイル」の大谷龍一氏に勧められて読み、それがコック列伝のページを作るきっかけとなった、個人的に思い入れのある本。

●日本のホテル小史

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●発行 :中央公論
●著者 :村岡實
●発行年:1981年

 第一ホテル取締役・村岡實氏が書いた、日本のホテル界の歴史。
 開国とともに、日本でどのようにホテル文化が作られていったか、その成り立ちから現代への道のりが、わかりやすくまとめられている。
 
洋食史において、ホテルとレストランは切り離せない存在であり、ホテルの歴史と共に多くのコックの名前が登場する。
 
居留地などの本格的な研究が不十分だった時代に書かれたため、一部記述に誤りがあるが、日本のホテル史の入門書として最適。

●外食残業を創った人びと

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●発行 :社団法人日本フードサービス協会
●著者 :「外食産業を創った人びと」編集委員会
●発行年:2005年

 1974年に結成された、外食業界の最大組織、日本フードサービス協会が発行した本。
 飲食業を近代的な「産業」へと発展させた、日本マクドナルド創業者の藤田田氏、ロイヤル創業者の江頭匡一氏、すかいらーく創業者の横川四兄弟といった、外食産業史の巨人達に足跡について書かれた本。

 高級フランス料理や、ホテルのレストランだけが日本の西洋食文化の担い手ではない。
 ファーストフード、ファミレス、給食事業など、そうした事業を近代経営して展開したことが、本当の意味で日本に洋食文化を定着させたと言える。
 それまで個人商店・職人技の集合体だった飲食業が、「産業」としてどのように進化していったかがわかる。

●Le Guide Culinaire(エスコフィエ フランス料理)

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●発行  柴田書店
●著者  A.ESCOFFIER
●訳者  角田明
●発行年 1969年(原典は1902年)

 言わずと知れた、エスコフィエの『料理の手引き』。
 古典フランス料理の集大成にして、今日おいてもなおリファレンスされている、フランス料理史上最高傑作と言える料理書。
 これなくてして古典フランス料理は語れず、それはすなわち、古典フランス料理を原点とする洋食も語れない。豚カツの元となったコートレット、じゃがいものコロッケ、ハンブルグ風ステーキ、スパゲティナポリタン、エスカロップといった、洋食の定番料理の原型がいくらでも出てくる。
 洋食の原点や起源について、適当に調べて好き勝手に語ってるライターとかブロガーは、明治〜昭和初期の日本のいい加減な料理本や、フードライターや著述家が独自研究して書いた本など典拠とせず、まずはこれを調べろと言いたい。

●nouveau Larousse gastronomique(新ラルース料理百科事典)

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●発行  三洋出版貿易
●著者  P.Montagne / 改訂 R.J.Courtine
●訳者  今井克宏、大木吉甫、小川忠彦、木沢武男、他18名
●発行年 1975年(全六巻を一冊に纏めたもの)

 フランス料理を中心とした大料理事典。エスコフィエと比肩される大料理人、P.モンタニエが残した偉業の一つで、料理人のための料理事典として、他に類を見ない膨大な内容とエスプリに富んだその解説は、料理事典の決定版として今もなお読み継がれている。
 とにかく情報量が凄いので調べものに便利。

●Le Répertoire de la cuisine(フランス料理総覧)

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●発行  三洋出版貿易
●著者  L.Saulnier
●監修  辻静雄
●発行年 1971年(原典は1914年)

 料理界では「レペルトワール」(英語で「レパートリー」の意味)と呼ばれて昔から親しまれてきた料理書。エスコフィエの弟子だった料理人・ソールニエが、当時のフランス料理を幅広く網羅して簡易にまとめた本で、少し昔の時代のホテルやレストランの従業員なら、字引的なツールとして欠かせない必携の書だった。
 コンパクトなので、ごついエスコフィエを開くのが面倒な時に便利。

●仏蘭西料理献立書及調理法解説

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●発行  奎文社出版部
●著者  鈴本敏雄
●発行年 1920年(大正九年)

 日本最古の老舗「築地精養軒」の最盛期の料理長を務めた大料理人・鈴本敏雄氏が書いた料理書。仏・英の二か国語で書かれていることから、おそらく原書はイギリスかアメリカのフランス料理書で、フランス料理の専門書を完訳した料理書としては日本で最初に発行された本。(天皇の料理番・秋山徳蔵がエスコフィエを元にフランス料理全書を発行したのは1923年)
 ホテルオークラの総料理長・小野正吉氏は、修行時代この本をいつもポケットに携帯していたそうで、「この本が一番大事な先生だと思っていた」と述べている。
 大正期の日本の西洋料理のレベルを知る上では非常に貴重な本で、現存冊数は少ないと思うが、国会図書館で電子書籍を閲覧することが出来る。

●荒田西洋料理(全八巻)

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●発行  柴田書店
●著者  荒田勇作
●発行年 1964年

 横浜居留地の外国人ホテルで、フランス人コックから本場の西洋料理を学び、横浜ホテルニューグランドの料理長を経て、戦後〜1960年代にかけて一時代を築いたニューグランド系コックの総帥として活躍した西洋料理界の大御所・荒田勇作氏がまとめあげた、全八巻からなる壮大な料理書。
 ホテルのレストランから街場のレストランまで、幅広いキャリアの中で身に付けた豊富な知識を余すことなく書き出し、当時日本に存在した西洋料理・洋食をほぼ全て網羅していると言っても過言ではない、日本の西洋料理書の総集編。
 料理の成り立ちや日本的洋食へのアレンジの経緯といった解説もところどころ見られ、西洋料理が洋食へと変化していった経緯が伺える、洋食史研究においても重宝する料理書。
 大変な人気を博したため重版が多いので、入手は比較的容易。

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 以上、ここに挙げた資料はどれも、研究家が書いたものではなく、飲食業界の人間が、自らの経験やインタビューをもとに書いたものや、プロの料理人が使用している料理書ばかりです。
 もちろん、体験談が中心であるがゆえに、記憶違いによる誤りや、誇大になっているような部分もあると思います。
 しかし、実体験だからこそのリアリティは、研究家やエッセイストが想像をまじえながら書いたものにはない迫力と説得力があります。
 入手するのは難しい本もありますが、国会図書館に行けば全て見ることが出来るので、洋食の歴史に興味のある方は、ぜひご一読することをおすすめします。

      


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