お客様は神様じゃない!A

 「お客様は神様です」

 日本ではそんな言葉を、飲食店に限らず、商売の世界で耳にすることがあります。
 
お客様は神様で、偉い存在。
 だから、どんなに傍若無人なことをされても、従業員は我慢して従わなければならない。

 と、そんな意味で使われることが多いと思います。

 しかし、これは本来、間違った使い方なのです。

 本来の意味については@のほうで書いたのでここでは省略しますが、日本でこうした間違った使われ方になったのは、良くも悪くも日本人の国民性にそもそもの原因があるように思います。

 欧米のレストランでは、お客さんと従業員の関係は、完全に対等です。
 あくまで「ビジネス」として客をもてなしてるに過ぎないのです。

 しかも、国によっては、基本スタンスが愛想悪い、という国もあるくらいです。
 
有名なのはドイツです。むしろ感じ悪いのが普通で、サービスの概念がないと言われてるくらいです。
 例えば、
作業中の従業員にうかつに話しかけると、他のことやってるのに話しかけてくんな、見てわかるだろ、と言う態度を取られるそうです。
 
オーストラリアでは、挨拶をしない客に対して、従業員が「おい、挨拶くらいしろ!」と怒ってきたという話が、どこかのブログで書かれていました。

 日本でこんなことになったら完全にクレームものですが、自分の体験としても、アメリカやヨーロッパのレストランの従業員は、決してお客さんに媚びたり、無条件に下手に出てきたりはしない、と感じました。

 特にそれを感じるのは、大衆レベルの店です。

 アメリカの場合はチップ制度があるので、チップのあるようなレストラン、特にスペシャリティクラスになると、素晴らしいサービスをする従業員ばかりになります。

 しかし、街のチェーン店、ファーストフード店などの接客員は、基本真顔だし、むしろ雑な対応が多い。
 マンハッタンのコンビニに至っては、「怒ってんのか??」と言いたくなるような、超絶的に感じの悪い対応でした。
 海外のレストランや小売店では、「従業員は客に対して下手に出なければならない」という前提自体がないのです。 

 一方、日本では、ファーストフードやコンビニの店員でも、感じ良くて素敵な接客をしてくれる従業員は珍しくなく、下手をすると、無表情だっただけでクレームになったりします。

 つまり、お客さんと従業員の間で、無条件に上下関係のようなものが存在するのは、世界で見ると日本だけの特殊な風習だということです。

 ただ、だからといって欧米のあり方が正しいと言っているわけではありません。
 チップがなくても腰の低い対応をする、日本の「おもてなし」の感性は、世界に誇る日本人の素晴らしい感性だと思います。

 しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、おもてなしをする側ではなく、「サービスを受ける側」だと思うのです。

 欧米に比べて、日本人に不足している感性は、おもてなしを受ける側、つまり「客のマナー意識」ではないかと思います。
 
海外の大衆店では基本感じが悪いと書きましたが、実はここには種明かしがあります。
 
欧米のレストラン従業員にてサービス精神が皆無なのかというと、そういうわけではありません。
 
実際には、大衆店やファーストフード店でも、従業員がお客さんにとってもフレンドリーに接し、笑顔で会話している光景はよく見ます。

 よく、こうしたことについて、単に日本人が差別されている、と感じる人も多いようですが、そうではないと思います。(そういう場合もあるかも知れませんが)

 これは自分の海外経験で感じたのですが、この差がどこからくるかというと、「お客さん」が、従業員に対して、きちんと礼儀を持って接しているかどうかの違いだと思います。

 日本人は、ここの感性が欠けてるんですよね。

 海外で買い物をしているとわかりますが、例えばアメリカでは、客がレジや商品注文するカウンターに進むと、お客さんのほうから、「Hi!」などと声をかけます。

 しかし、よくよく考えれば、日本でも、家から出た時に近所の人と顔を合わせたら、特に親しいわけではなくても取りあえず挨拶したり、礼節をもって接するのが常識です。
 でも
それが、「客と従業員」という関係になると、とたんに「お客側」のみ、礼儀無用になります。

 日本のスーパーやコンビニでは、レジに進んだお客さんが、従業員に対して「こんにちは」と言うのは、ごく少数です。
 お店が「いらっしゃいませ」と言っても、お客さんはたいてい無表情だし、むしろほとんどの人が「無視」状態でしょう。

 レストランでも、通常お客さんが入店したら、従業員が「いらっしゃいまで」や「こんばんは」などと挨拶しますが、それに対して客側は挨拶を返さないのが普通で、「3人で」とか言うのが通例です。
 むしろ、それすらなく、従業員を完全に無視したまま、勝手に客席に入っていって自分の座りたい席を探す、なんてこともよくあることです。

 でも、アメリカでは違います。
 お客さんも従業員に対して、まるで知り合いかのように、笑顔で"Hi!"などと挨拶するのが普通なのです。
 自分はそうした光景を見て、はじめは
それを、「アメリカって、やっぱりノリが良くて気さくな国なんだなあ」なんて思っていたのですが、どうやらそういうことではないのです。

 僕が初めてアメリカのレストランに行った時、そもそも英語に自信もないので、言葉は最小限にし、人数だけ言って突き進んで行ったような気がします。
 
しかし、だんだん慣れてきて、こちらも笑顔で"Hi"とか、"Good morning"などと挨拶するようになると、従業員はとたんに笑顔になって、フレンドリーに対応してくれることに気付きました。

 日本での「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」は、ほとんどロボット的なフレーズのようなものですが、アメリカでのそれは、人としての常識的な「挨拶」だったわけです。

 これって実は、人として当たり前のことなんじゃないかと思います。

 日本人は、海外のレストランに行っても、基本的には日本にいる時と同じで、へりくだるのは従業員だけで良いと思って行動します。
 
だから、店員が挨拶をしてもろくに挨拶を返さず、平気で無視をかまします。
 でも、向こうの従業員にしてみれば、「なんだ、この無礼な奴は」と思って、ぞんざいな対応になるのでしょう。

 でもそこで、きちんと挨拶をかわせば、自然とフレンドリーな関係が築けるのです。(マンハッタンのコンビニでは無理かも知れませんが…)

 従業員も、お客さんも、本質的にはただの契約相手であり、立場は対等です。
 であれば、お互いに礼を持って接するのは、本来当たり前のことでしょう。

 ただ、売り手と買い手では、いかなる業界でも多少なりと上下関係のようなものが生まれまるのは仕方がありません。
 それでも、レベルの高い企業ほど、たとえ買い手であっても、礼儀正しい社員教育が施されているし、取引先をぞんざいに扱ったりしません。

 しかし、レストランやスーパー、コンビニとなると、それが一切なくなるのは、おかしな話です。

 真に「文化人」たるのであれば、レストランや小売店を利用する時も、礼儀正しく振る舞うべきだし、それをしないのであれば、良いサービスを受けられなくても仕方ない、と思うべきではないでしょうか。

 世界的なホテルチェーンの「リッツ・カールトン」には、こんなルールがあるそうです。

  1.お客様は常に正しい
  2.お客様が間違っていると思ったら1に戻る

 さらに、同社のクレド(信条)には、次の記述があります。

  "We are Ladies and Gentlemen serving Ladies and Gentlemen"
  (私達は、淑女・紳士にサービスする淑女・紳士です)

 つまり、お客さんを絶対者として扱うようなサービス原則を定めながらも、そもそもの前提として、淑女・紳士を相手にしていることを名言しています。

 お客さんのことを、通常ホテルで使用している"Guest"とせず"Ladies and Gentlemen"としているのは、単なる言葉のあやではなく、「リッツ・カールトン」のブランドとプライド意識を明確に示すためでしょう。

 従業員側に回ると、過剰なまでにへりくだってしまうのは、日本人の性質かも知れません。
 自己主張の弱い日本人の性質や、ことなかれ主義というか、奥ゆかしいというのか、控え目な感性は、それゆえに世界で最も治安が良くて平和な街を作れるという、世界に誇る素晴らしい国民性だと思います。

 そうした国民性の産物として、従業員がお客さんに対して、ある意味「お客様を神様」と思って接しようとする感性自体は、決して悪いことだとは思いません。

 しかし、立場が逆転してお客さんの立場になると、とたんに傍若無人の礼儀知らずになってしまうのは、間違った感性だと思います。

 明治のはじめ、イギリスの旅行家・イザベラ・バードは、日本に滞在した時のことを日記にしたためましたが、そこには、日本の使用人たちが非常に慇懃で礼儀正しいと称賛する内容が書かれています。

 そうした元来の日本人の気質からすれば、日本は「サービス先進国」と呼ばれてもいいはずなのですが、ホテルやレストランの世界では、昔から日本は「ホスピタリティ(サービス)後進国」と言われ、ヨーロッパの洗練されたサービスや、アメリカのエキサイティングなサービスを学べと言われ続けてきました。

 こうなってしまったのはおそらく、日本人にとってのサービス精神というのは、天然の気質として持ち合わせているだけに過ぎず、それに対して欧米では、「チップ」というインセンティブをもとに、「ビジネス」として接客やエンターテイメントを徹底追求し、プロフェッショナルとして進化を続けてきたから、負けてしまうのでしょう。
 
日本では、サービスというものを個々の気質や心意気に依存し、そこに対価を払おうとしなかったから、発展に限界があったのだと思います。

 しかし、チップがなくてもホスピタリティを発揮できる日本のサービス精神は貴重な存在であり、だから今日でも、日本の「おもてなし」が注目されるわけです。
 それだけの土壌がありながら日本のサービスレベルが欧米より遅れてると言われてしまうのは、従業員の意識やレベルの問題ではなく、お客側が従業員の努力に対して敬意を払わず、不遜な態度を取るからだと思います。
 不遜で横柄な「お客様は神様」意識が、従業員の意欲とやる気を削ぎ、サービスの発展を妨害し、むしろサービスの低下を招いてしまっているのだと思います。

 「自分のサービスが悪いことを客のせいにすんな」と思われるかも知れませんが、「礼儀」は人としての社会常識の一部です。
 それが、従業員とお客さんの関係になると、なくなても良いという現象自体が、おかしなことです。

 日本の良さと欧米の良さと、両方の良さを取り入れて、従業員はもちろん、「お客様」側も、素敵な「淑女」「紳士」を目指していくことが、より良い日本の文化・風習を築いていくことに繋がるんじゃないか、と思います。

  


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