西洋料理の歴史

13.ヌーベル・キュイジーヌの混乱とキュイジーヌ・モデルヌ



●懐石料理とヌーベル・キュイジーヌ

 ポール・ボキューズの師であるフェルナン・ポワンは、ヌーベル・キュイジーヌの始祖と言える存在の一人ですが、ポワン自体は、料理を「軽く」することがテーマではありませんでした。
 
そこに、ボキューズという天才の登場によって、ヌーベル・キュイジーヌは、「軽さ」をテーマとする、新しい時代を迎えました。

 それまでのフランス料理に見られるような、ボリュームある料理を強いソースの味で食べるのではなく、「料理からバターのような脂肪分を減らす、加熱時間を短縮する、料理を単純化する、魚介の素材を活かす、盛り付けをシンプルにする」、などといったコンセプトを設定し、素材そのものの持ち味を前面に、調味と風味を加えただけのような、それまでのフランス料理の重厚なイメージを覆すシンプルで軽妙な新感覚の料理を作り出しました。

 そうした、ボキューズを筆頭とするヌーベル新世代の料理人達が、より「素材」を活かした「軽い」料理を追求しているところ、ボキューズは大阪の辻調理師専門学校から講師として招かれて日本を訪れます。
 そしてボキューズは、日本の懐石料理にヒントを得て、それまでのヌーベル・キュイジーヌをさらに進化させた料理を考え出しし、この頃から極度に軽さを追求した料理が生まれます。

 そうして生み出された新時代のヌーベルを代表する料理人には、ベルナール・ロワゾーやアラン・サンドラスといった名前が挙げられ、彼らはみな三ツ星を取得した一流シェフでしたが、中でもベルナール・ロワゾーは自身の料理を「水の料理」と称し、一時期は料理からバターやクリームを一切排除して、素材から出る旨みに水だけでソースを作るといったような、極限まで「軽さ」を追求した料理を作り出しました。

 また、ちょうどその頃、アンリ・ゴーとクリスチャン・ミヨーという二人の料理評論家が、1969年に『ゴー・ミヨー』というレストランガイドの月刊発行をはじめていましたが、そこで二人はボキューズらを筆頭とする新感覚の三ツ星シェフ達に注目し、1972年から「ヌーベル・キュイジーヌ」という言葉をキーワードにマスコミを使って新しいムーブメントを喚起しました。
 
この『ゴー・ミヨー』は、ミシュランに次ぐ人気を指示を得るほどに急成長したことも相まって、ここからフランス料理界に「ヌーベル・キュイジーヌ」の一大ブームが訪れました。

 なお、ヌーベル・キュイジーヌ(新料理)という言葉は、ポワンが活躍した1930年代からすでに使われていた言葉ですが、狭義におけるヌーベル・キュイジーヌは、この『ゴー・ミヨー』を走りとする、1970年代に流行した一連の「軽い」料理だけを指すこともあります。

●ヌーベルキュイジーヌの混乱と古典回帰運動

 このように、1970年代にブームの火がついたヌーベル・キュイジーヌの料理は、画期的で、世界の料理の話題の中心になりましたが、その中には、伝統的なフランス料理からあまりにも外れた料理も横行したため、同時に世間の評価では賛否の激論も巻き起こしました。
 
というのも、伝統的な技法に新しいエッセンスを加えたまでは良かったのですが、中には肉を塩で焼いただけのような料理を「ヌーベル」と言って出すような、何でも軽くすればヌーベルと称するようなインチキ紛いの新料理も現れ、玉石混交の氾濫状態になりました。
 ロワゾーの料理にしても、美味しさのための工夫というより、軽くすることが目的になっているという批判も受け、おしまいには「ヌーベル・キュイジーヌはただの手抜き料理」と揶揄されることすらありました。

 そうした状況から、ヌーベルを真っ向から否定し、「あんなものはフランス料理ではない」と、完全に背を向ける料理人も現れ、一方ポワンを受け継ぐクロード・ペローやトロワグロ兄弟の料理こそが本物のヌーベルであり、流行りの浮っついた見せかけだけのヌーベルは本物のヌーベルではない、という声もあり、そうなると、「何をもってクラシックでありヌーベルなのか?」と、様々な議論を巻き起こしながら、ヌーベル・キュイジーヌのブームとともにフランス料理界は一時期混乱しました。

 そうした混乱を背景に、1980年代になると、エスコフィエの見直しや古典回帰運動が生まれ、「長い年月の中で築き上げられた伝統的なフランス料理にこそフランス料理の本質と神髄がある」とし、あくまで伝統技法を土台としながら、新しい技法を融合させていくという、「キュイジーヌ・モデルヌ(現代料理)」というスタイルが提唱されました。
 その代表的なシェフが、ジョエル・ロビュション、アラン・デュカス、ピエール・ガニェールといったシェフ達で、再びバターや伝統的なソースの重要性が認識されるようになり、彼らはいずれも二十世紀後半を代表する三ツ星シェフとして世界的な名声を博しました。
 


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